2020年11月26日

なほ頼め しめぢが原の させも草 我が世の中に あらむ限りは

img958


なほ頼め しめぢが原の させも草 我が世の中に
あらむ限りは

(なおたのめ しめじがはらの させもぐさ わがよの
 なかに あらんかぎりは)

意味・・私を頼みし続けなさい。たとえあなたがしめじ
    が原のさせもぐさのように、胸を焦がして思い
    悩むことがあっても。

    清水寺の観音歌で、悩み事で身が衰弱した女に
    示された歌です。治療の灸(きゅう)をします、
    悩み事を聞いてあげます、という暖かさの感が
    ある歌です。
    
 注・・しめじが原=栃木市原田町。蓬(よもぎ)の名所。
     伊吹山の麓。
    させも草=蓬の異名。させもに「そのように」
     の意がかけられている。たとえもぐさで身を
     焼くように、思いの火(悩みごと)で心を焦が
     すことがあっても、の意。

出典・・新古今和歌集・1916。



sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(0)和歌・短歌・俳句 

2020年11月25日

さびしさにたへし跡ふむ落ち葉かな

5720


さびしさにたへし跡ふむ落ち葉かな
                     西山宗因

(さびしさに たえしあとふむ おちばかな)

詞書・・西行谷にて。

意味・・西行が寂しさに耐えて住んだという西行谷の落ち
    葉を、西行を偲(しの)びながら踏みしめている。

    西行が、寂しさによく堪え、世事に心を動かされ
    ない人がいたら、庵を並べて語らう友としたい、
    と詠んだ歌「さびしさにたへたる人の又あれな庵
    ならべん冬の山ざと」と詠んだことに応じる気持
    ちの句です。(西行の歌は下記参照)

 注・・西行谷=伊勢神宮に近い神路山にある谷で西行が
     隠棲した跡という。

作者・・西山宗因=にしやまそういん。1605~162。八代
    の城主の加藤正方に仕えた。大阪天満宮連歌所の
    宗匠。門下に井原西鶴・岡西惟中・松尾芭蕉が集
    まる。

出典・・宗因発句集(小学館「近世俳句俳文集」)

参考です。
寂しさに たへたる人の またもあれな 庵ならべん
冬の山里
                    西行

 (さびしさに たえたるひとの またもあれな いおり
 ならべん ふゆのやまざと)

 意味・・私のように寂しさに堪えている人が他にいると
     いいなあ。そうしたらその人と庵を並べて共に
     語り住もう。この冬の山里で。
  
     寂しい思いをする場面はさまざまあります。
     知人も誰もいない寂しさ、誰にも相手にされ
     ない寂しさ、自分の行為を評価されない寂しさ
     叱られた時の寂しさ・・。
     こんな時、相慰める友がほしいものです。

 注・・またもあれな=自分以外にもいて欲しいものだ。

 作者・・西行=1118~1190。

 出典・・新古今和歌集・627。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(0)和歌・短歌・俳句 

2020年11月24日

白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり

1729

 
白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに
飲むべかりけり
                 若山牧水

(しらたまの はにしみとおる あきのよの さけは
 しづかに のむべかりけり)

意味・・秋の夜を一人静かに酌む酒の味、それは歯に
    しみ通りはらわたにしみわたるような感じが
    して、疲れきった体にも、心にも生気がよみ
    がえって来る。こんな静かな秋の夜の酒は何
    といっても一人静かに飲むに限る。

    秋の夜長、一人静かに酒を飲み、来し方、行
    く末を思い人生を考える。皆で楽しく飲む酒
    もよいが、心を澄まして一人飲む酒はまた格
    別な味がする。

 注・・白玉の=歯の形容で枕詞に近い語。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
        早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・大悟法利雄著「現代短歌鑑賞事典」。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(0)和歌・短歌・俳句 

2020年11月23日

今日ばかり いかで留めむ 又こむは 思ふに遠き 秋の別れを

1646

 
今日ばかり いかで留めむ 又こむは 思ふに遠き
秋の別れを
                  後水尾院

(きょうばかり いかでとどめん またこんは おもうに
 とおき あきのわかれを)

詞書・・九月尽。

意味・・今日かぎりとなってどうして辛い気持ちを留める
    ことが出来ようか。再び来るのは思うだけでも、
    遠い先のことである秋との別れを。

    秋の情趣を満喫した身としては、来年の秋の到来
    を待つのは気も遠くなりそうだ、と詠んだ歌です。

 注・・九月尽=旧暦の九月晦日。秋の終わり。

作者・・後水尾院=ごみずのおいん。1596~1680。百八
    代天皇。

出典・・御着到百首(小学館「近世和歌集」)


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(0)和歌・短歌・俳句 

2020年11月22日

墓参り 終わりて降りる 石段の 萩の小枝が やさしくふれる

0396


墓参り 終わりて降りる 石段の 萩の小枝が
やさしくふれる
                hana

(はかまいり おわりておりる いしだんの はぎの
 こえだが やさしくふれる)

意味・・故人の供養のためにお墓参りに来ています。
    お墓を清掃して手桶で水を汲み柄杓で墓石に
    水打ちをする。花を供えお線香に火をつけて
    合掌しています。
            合掌しながら故人の冥福を祈っています。
            あんな事があった、こんな事があったと故人
    を思い出す。色々と良くしてもらっていたの
    にあの時はつっけんどんにして悪かったと後
    悔されてくる。そしていつも見守ってくれて
    ありがとう、と心の中でつぶやいている。
    心静かなひと時を過ごして墓参りを終えると
    気持ちがすっきりした。
    墓参りが終わって石段を静かに降りていると
    家族への慈しみの心が湧いてくる。その時萩
    の小枝が優しく触れるのであった。

作者・・hana=ブログ上での名前。

出典・・ライブドアーブログ。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(4)和歌・短歌・俳句 

2020年11月21日

風吹けば 吹かれるままに 身を任せ ケセラセラとて 余生を生きむ

0052・綿毛


 風吹けば 吹かれるままに 身を任せ ケセラセラとて
余生を生きむ
                  槿

(かぜふけば ふかれるままに みをまかせ ケセラ
 セラとて よせいをいきん)

意味・・タンポポは風が吹けば吹かれるままに身をま
    かせている。私も余生を吹く風に任せて生き
    ていきたいものだ。ケ・セラセラなるように
    なるさと。

    タンポポを見て詠んだ歌です。
    ああでもない、こうでもないと、ことある
    ごとに迷い悩み、もがき続けて来た長い人
    生。長い人生も、そろそろ終盤を迎え、人
    は向かって来る風に逆らえば逆らう程、き
    つく辛いものだと気づいた。
    先の事は判らないのだから、周りの者に身
    を任せていこう。なるようになるのだから。

    参考歌 ケ・セラセラ 
    https://youtu.be/VwD9bFOPYGQ

    大人になってから あの人に聞きました
    毎日が幸せに なれるでしょうか
    ケセラセラ なるようになるさ
    さきのことなぞ 判らない 判らない

作者・・槿=むくげ。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(4)和歌・短歌・俳句 

2020年11月20日

晴れが好き それとも雨の 私でも いいのかしらと  問われる紅葉

9030


 晴れが好き それとも雨の 私でも いいのかしらと 
問われる紅葉
                 西村由佳里

(はれがすき それともあめの わたしでも いいの
 かしらと とわれるもみじ)

意味・・真っ赤な紅葉は戸惑っています。晴れた日が
    好きですか、それとも私のような雨が好きで
    すか、と問われて。

    私の美しい紅葉の姿は晴れが似合います。
    でも、赤く染めてくれたのは冷たい雨さんで
    すね。あなたが居なければ今の私はなかった。
    さてどう答えようか、困ったなあ。

作者・・西村由佳里=にしむらゆかり。1976~ 。
    立命館大学大学院卒。

出典・・アメーバーブログ。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(2)和歌・短歌・俳句 

2020年11月19日

落葉落ちかさなりて雨雨をうつ

0382


 落葉落ちかさなりて雨雨をうつ
                  加藤暁台

(おちばおち かさなりて あめあめをうつ)

意味・・落葉があとからあとから落ち、初冬の雨は
    さあっと音をたてて降り過ぎてゆく。

    季節の変化の動きを写生し、繰り返し読め
    ば口調が軽やかで調べは快い。

作者・・加藤暁台=かとうきようたい。1732~17
            92。尾張徳川家に江戸詰めとして仕える。
    蕪村と交流。

出典・・村上護著「今朝の一句」。



sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(2)和歌・短歌・俳句 

2020年11月18日

うづら鳴く ふりにし里の あさぢふに 幾世の秋の 露か置きけむ

1644


 
うづら鳴く ふりにし里の あさぢふに 幾世の秋の
露か置きけむ
                   源実朝

(うずらなく ふりにしさとの あさじうに いくよの
 あきの つゆかおきけん)

意味・・寂しそうにうずらが鳴いている故郷。この故郷は耕地に
    されず草が茂って幾年もの秋の露が置いた事であろうか。

    今でいえば、若者が都会に出て過疎地となっている所で
    す。人の訪れもなく、荒涼とした故郷、時の推移ととも
    に荒れ果てて行く寂しさを詠んでいます。

 注・・うづら=キジ科の鳥。悲しみを帯びて鳴く鳥として和歌
     に詠まれる。
    ふりにし里=以前住んでいた土地、故郷。
    あさぢふ=浅茅生。丈の低い茅が生えているところ。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28歳。
    征夷大将軍。鶴岡八幡宮で暗殺された。

出典・・金槐和歌集。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(2)和歌・短歌・俳句 

2020年11月17日

見渡せば 詠れば見れば 須磨の秋

1656
              須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇
 
見渡せば 詠れば見れば 須磨の秋
                   芭蕉
 
(みわたせば ながむればみれば すまのあき)

意味・・見渡したり、遡(さかのほ)って昔を偲ん
    だり、眺めたり、さてさて見れば見るほ
    ど淋しさ、侘びしさの伴う情趣の深い須
    磨の秋である。
  
    須磨の秋が、侘びしさや淋しさが伴うのは、
    源氏物語や次の行平の歌や源平の一の谷の
    戦いなどによる伝統的な考え方です。

    「わくらばに問う人あらば須磨の浦に藻塩
    たれつつわぶとこたへよ」
                  在原行平(古今集)

    (もしたまたま、私の事を尋ねてくれる人
    がいたらならば、須磨の浦で藻塩草に塩水
    をかけて、涙ながら嘆き暮らしていると答
    て下さい)

    須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ
               芭蕉 (笈の小文)

    (この須磨寺の、青葉小高い木立の中にた
    たずむと、昔の事が偲ばれる。そしてあの
    敦盛が吹く青葉の笛がどこからか聞こえて
    来るように思える)
    
    青葉の笛(明治の唱歌)です。
    https://youtu.be/FMwjw6zfbVQ
                 
     一の谷の 戦破れ
     討たれし平家の 公達あわれ
     暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に
     聞こえしはこれか 青葉の笛
   
    一の谷(須磨)で敦盛(あつもり)が討たれ時
    の歌です。
    
 注・・詠(ながむ)れば=口ずさむ、和歌を吟ずる。
     「眺れば」が掛かる。
    須磨の秋=和歌や俳句では、淋しく侘びし
     い須磨の名勝地として詠まれている。

作者・・芭蕉=1644~1694。

出典・・小学館「松尾芭蕉集」。


sakuramitih31 at 08:00|PermalinkComments(2)和歌・短歌・俳句