2010年11月

2010年11月30日

名歌鑑賞・1308

朝まだき 嵐の山の 寒ければ 紅葉の錦
着ぬ人ぞなき
          藤原公任(ふじわらのきんとう)
            (拾遺和歌集・210)

(あさまだき あらしのやまの さむければ もみじの
 にしき きぬひとぞなき)

意味・・朝がまだ早く嵐山のあたりは寒いので、山から
    吹き降ろす風のために紅葉が散りかかり、錦の
    衣を着ない人はいない。

    紅葉の名所の嵐山の晩秋の景観を詠んでいます。

 注・・嵐の山=京都市右京区にある嵐山。嵐に山風を
     掛ける。

作者・・藤原公任=966~1041。権大納言・従五位。漢詩
     文・和歌・管弦の三才を兼ねる。清少納言や
     紫式部らと親交。和漢朗詠集の編者。



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2010年11月29日

名歌鑑賞・1307

人しれず わがすみそむる 白河の ながれを月は
たづね来にけり
             香川影樹(かがわかげき)
               (桂園一枝)

(ひとしれず わがすみそむる しらかわの ながれを
 つきは たずねきにけり)

意味・・人に知られることなく私が住み始めた白河
    の澄んだ流れを、月は訪ねて来たことだ。

    白河の川面に映る月を唯一の来客と見立て
    て詠んでいます。

 注・・すみ=「澄み」と「住み」を掛ける。
    白河=京都し左京区・東山区を流れる川。

作者・・香川影樹=1768~1843。因幡国鳥取藩の
     荒井小三次の次男。香川影柄の養子に
     なる。家集「桂園一枝」。


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2010年11月28日

名歌鑑賞・1306

あづま路の 浜名の橋を きて見れば 昔恋しき 
わたりなりけり
            大江広経(おおえのひろつね)
              (後拾遺和歌集・516)

(あずまじの はまなのはしを きてみれば むかし
 こいしき わたりなりけり)

詞書・・父の共に遠江の国に下って、年がたって後、
    下野守(しもつけのかみ)となって下向しまし
    た時に、浜名の橋のたもとで詠みました歌。

意味・・東海道の浜名の橋を再び来て見ると、父の共
    として下った昔が恋しくしのばれ、橋は渡し
    場となっていた。

 注・・浜名の橋=浜名湖から流れる川に架けた橋。
     当時は橋が壊れていた。
    わたり=渡船場。
    なりけり=橋が壊れていて気がついたら、
     渡し場になっていたことだ、の意。
    遠江(とうみ)の国=今の静岡県。
    下野(しもつけ)=今の栃木県。

作者・・大江広経=生没年未詳。1090年頃に活躍
     した人。加賀・下野・伊勢守を歴任、
     従四位上。



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2010年11月27日

名歌鑑賞・1305

こころよく 我にはたらく 仕事あれ それを仕遂げて
死なむと思ふ
             石川啄木(いしかわたくぼく)
               (一握の砂)

(こころよく われにはたらく しごとあれ それを
 しとげて しなんとおもう)

意味・・自分は本当に気持ちよく本心を投げ込んで仕事
    がしてみたい。けれども今の自分には徹底的に
    気をぶちこむだけの仕事が与えられない。もし
    そんな仕事があるのならば、それこそ思う存分
    の仕上げをして、満足感を抱きつつ安らかに死
    んでいきたい。

作者・・石川啄木=1886~1912。26歳。中学を中退後、
     地方の新聞記者や新聞の校正係りの職をする。
     歌集「一握の砂」「悲しき玩具」。


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2010年11月26日

名歌鑑賞・1304

見る人も なくて散りぬる 奥山の 紅葉は夜の
錦なりけり
               紀貫之(きのつらゆき)
                (古今和歌集・297)

(みるひとも なくてちりぬる おくやまの もみじは
 よるの にしきなりけり)

意味・・はやす人もいないままに散ってしまう山深い
    紅葉は、まったく夜の錦である。

    この奥山の紅葉は誰にも見てもらえないで、
    自然に散ってしまうが、それは人にたとえ
    れば、都で立身出世したにもかかわらず、い
    っこうに故郷に帰って人々に知らせないよう
    なもので、はなはだ物足りない。

 注・・夜の錦=「史記」の「富貴にして故郷に帰ら
     ざるは錦を着て夜行くが如し」を紅葉を惜
     しむ意に転じる。
     (いくら立身出世しても、故郷に帰って人々
     に知ってもらわなければ、人の目に見えな
     い夜の闇の中を錦を着て歩くようなもので
     つまらない)

作者・・紀貫之=866~945。土佐守・従五位。「古今
     集」の中心的撰者。土佐日記」の作者。




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2010年11月25日

名歌鑑賞・1303

おもひたつ なには堀江の みおつくし しるしなくては
あはじとぞ思ふ
           木下幸文(きのしたたかふみ)
       (類題亮亮遺稿・るいだいさやさやいこう)

(おもいたつ なにわほりえの みおつくし しるし
 なくては あわじとぞおもう)

意味・・難波の堀江に澪標(みおつくし)が立つように思い
    立って、澪標の目印ならぬ成果が無いままでは、
    故郷の人々には二度と逢うまいと思う。

    月性の詩の志と同じです。

    男児志を立てて郷関を出づ
    学もしならずんば死すとも帰らず
    骨を埋む何ぞ墳墓の地を期せんや
    人間いたるところ青山あり

 注・・おもひたつ=決意する意。
    なには=難波。現在の大阪市の一帯。
    みおつくし=澪標。海や川に立て、通う船に水路
     を示した杭。「身を尽くす」を掛ける。
    しるし=航路の標識の「しるし」に成果の意の
     「しるし」を掛ける。

    月性=1817~1858。尊王攘夷派の僧。吉田松蔭と
     親交。
    郷関=郷里。
    墳墓の地=祖先の墓のある地、故郷。
    青山=墓となる地。

作者・・木下幸文=1779~1821。農民の出身。香川香樹の
     門人。家集「貧窮百首」「類題亮亮遺稿」。



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2010年11月24日

名歌鑑賞・1302

心あてに 折らばや 折らむ 初霜の 置きまどはせる
白菊の花
           凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
             (古今集・277、百人一首・29)

(こころあてに おらばやおらん はつしもの おき
 まどわせる しらぎくのはな)

意味・・もし折るのなら、あて推量で折ることにしょうか。
    初霜が置いて、その白さの為に区別もつかず、紛ら
    わしくしている白菊の花を。

    冬の訪れを告げ、身を引き締めるようにさせる初霜
    の厳しさと、白菊の花のすがすがしい清楚な気品が
    詠まれています。

 注・・心あてに=あて推量で。
    置きまどはせる=置いて、分からなくしている。

作者・・凡河内躬恒=生没年未詳。895年頃活躍した人。
     三十六歌仙の一人。古今集の撰者の一人。



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2010年11月23日

名歌鑑賞・1301

紅葉みむ のこりの秋も すくなきに 君ながいせば 
たれとをらまし
            恵慶法師(えぎようほうし)
             (後拾遺和歌集・461)

(もみじみん のこりのあきも すくなきに きみ
 ながいせば たれとおらまし)

意味・・紅葉を見る残りの秋も少ないのに、あなたが
    田舎で長居したら、私は誰と紅葉狩りをしよ
    うか。

    友が田舎へ行く時に詠んで贈った歌です。
    紅葉を手折って賞する風流のある友はあなた
    しかいない、早く田舎から帰ってきて下さい、
    と言う気持であり、同好の友がいなくなる寂
    しさを詠んでいます。

 注・・をらまし=折ら・居らまし。

作者・・恵慶法師=生没年未詳。播磨国分寺の僧。
     家集「恵慶法師集」。



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2010年11月22日

名歌鑑賞・1300

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の
身もこがれつつ
           藤原定家(ふじわらのさだいえ)
            (新勅撰集・849・百人一首・97)

(こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに やくや
 もしおの みもこがれつつ)

意味・・いくら待っても来ない人を待ち続け、松穂の
    浦の夕凪の頃に、焼けこがれる藻塩のように、
    私の身もずっと恋こがれていることです。

    待ってもあなたは来ないけれど、やっぱり私
    はいつまでも、あなたを想い胸をこがしてい
    ます。

    消えては立ちのぼる煙のように、止むことの
    ない恋心を詠んでいます。

 注・・まつほの浦=松穂の浦(淡路島の最北端)。
     「まつ」は「松・待つ」の掛詞。
    夕なぎ=夕凪。夕方風がやみ、波が穏やかに
     静まった状態。藻塩を焼く煙が立ち上る静
     かな光景である。
    藻塩=海水から採る塩。海水を注いだ海藻を
     日に干し、それを焼いて水に溶かし、煮詰
     めて塩を精製した。

作者・・藤原定家=1162~1241。「新古今集」「新勅
     選集」の撰者。


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2010年11月21日

名歌鑑賞・1299

秋風の 色はと問はば 吹くからに 照りそふ月の
影をこたへん
        三条西実隆(さんじょうにしのさねたか)
           (再唱草・168)

(あきかぜの いろはととわば ふくからに てりそう
 つきの かげをこたえん)

意味・・秋風は何色と尋ねられたらば、風が雲を
    吹き払うままに照り添う皓々たる月光の
    白さをそれと答えよう。

    風に流される雲の間から顔を出す月の光
    の白さを詠んでいます。

作者・・三条西実隆=1454~1537。52歳で内大臣。
     62歳で出家。「再唱草」。



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2010年11月20日

名歌鑑賞・1298

秋の夜の ほがらほがらと 天のはら てる月かげに
雁なきわたる 
             賀茂真淵(かものまぶち)
               (賀茂翁家集・182)

(あきのよの ほがらほがらと あまのはら てるつき
 かげに かりなきわたる)

意味・・秋の夜が明るく晴れて天空を月の光が満たす
    なか、雁が鳴きながら飛んで行く。

 注・・ほがらほがら=朗ら朗ら。はっきりしている
     さま。
    天のはら=天の原。大空、天の広大さをいう。
    月かげ=月の光。

作者・・賀茂真淵=1697~1769。神官の家に生れる。
     本居宣長(もとおりのりなが)らの門人を
     育成。「賀茂翁家集」。


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2010年11月19日

名歌鑑賞・1297

あさがほを なにはかなしと 思ひけむ 人をも花は
いかが見るらむ
            藤原道信(ふじわらのみちのぶ)
              (和漢朗詠集・294)

(あさがおを なにはかなしと おもいけん ひとおも
 はなは いかがみるらん)

詞書・・女院にて槿を見給ひて。

意味・・朝顔の花を人はどうしてはかないものだと思っ
    ていたのだろうか。人間こそはかないものでは
    ないか、花はかえって人間をどのように思って
    見ていることだろうか。

    参考詩です。

    松樹千年終にこれ朽ちぬ 槿花一日おのづから
    栄をなす  (意味は下記参照)

 注・・槿=むくげ、あさがお。アオイ科の3m程の落葉
     潅木。花は朝開いて夕にはしぼんでしまう。
    かなし=哀し。せつない、気の毒だ。

作者・・藤原道信=972~994。23歳。従四位上・左近中将。
     中古三十六歌仙の一人。

参考詩です。

    松樹千年終にこれ朽ちぬ 槿花一日おのづから
    栄をなす    
             白楽天(はくらくてん)

    (しょうじゅせんねん ついにこれくちぬ 
     きんかいつじつ おのずから えいをなす)

意味・・松は千年の齢を保つというけれど、ついには
    朽ちてはてる時がある。あさがおの花は悲し
    花だとはいうけれども、自然彼らなりに一日
    の栄を楽しんでいる。
    他をうらやまず己の分に安んずべきことをいう。

   





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2010年11月18日

名歌鑑賞・1296

磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が
在りと言はなくに
             大伯皇女(おおくのひめみこ)
               (万葉集・166)

(いそのうえに おうるあしびを たおらめど みすべき
 きみが ありといわなくに)

意味・・岩のほとりに生えている美しいこの馬酔木の花を
    手折ろうとして見るけれど、その花を見せたい弟
    は最早この世に生きていない。
    
    詞書きによると、大津皇子を葛城の二上山に葬っ
    た時、妹の大伯皇女が哀傷して詠んだ歌です。

 注・・磯=池や川などの磯。
    馬酔木(あしび)=ツツジ科の常緑低木。すずらん
     に似た小花を房状につける。牛・馬がその葉を
     食べると中毒し酔ったようになる。
    在りと言はなくに=生きていると言ってくれる者
     がいない。
    葛城の二上山=奈良県北葛城郡当麻(たいま)町の
     西の山。
    大津皇子=686年に草壁皇太子への反逆を企て、
     それが発覚して殺された。仕組まれた罠とも
     いう。

作者・・大伯皇女=674年14歳で伊勢の斎宮になる。大津
     皇子の姉。


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2010年11月17日

名歌鑑賞・1295

山かひの 秋のふかきに 驚きぬ 田をすでに刈りて 
乏しき川音
            中村憲吉(なかむらけんきち)
              (しがらみ)

(やまかいの あきのふかきに おどろきぬ たを
 すでにかりて とぼしきかわおと)

意味・・山峡の小村に訪れた秋の深さーものの活気が
    衰え、元の力や姿が失われる秋ーに驚かされ
    る。一面に刈り尽くされた田の面の寂しさ、
    水のやせた川音の乏しさに。

作者・・中村憲吉=1889~1934。東京大学経済学科卒。
     斉藤茂吉・土屋文明らと親交を結ぶ。「しが
     らみ」「林泉集」。



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2010年11月16日

名歌鑑賞・1294

人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆえに 
もの思ふ身は
           後鳥羽院(ごとばいん)
           (続後撰集・1202、百人一首・99)

(ひともおし ひともうらめし あじきなく よをおもう
 ゆえに ものおもうみは)

意味・・人がいとしくもあり、また人が恨めしくも思われる。
    思うようにならないと、この世を思うゆえに、あれ
    これと物思いをする私の身は。

    平安の王朝の時代が終わり、鎌倉の武家の時代に移っ
    て行く過程の時期。政(まつりごと)を掌握しなければ
    ならない帝王の意のままにならなくなったこの時代の
    寂しさを詠んでいます。

 注・・惜し=大切で手放しにくい、いとしい。
    あぢきなく=思うようにならずどうしょうもない気
     持、面白くない。
    世を思ふ=「世」は為政者にとっての治世。鎌倉幕府
     との関係を憂慮する意。

作者・・後鳥羽院=1180~1239。承久の乱で隠岐に流される。
     「新古今集」の撰集を命じる。
    


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2010年11月15日

名歌鑑賞・1293

落ちて行く 身と知りながら もみぢ葉の 人なつかしく
こがれこそすれ
            皇女和宮(こうじょかずのみや)

(おちてゆく みとしりながら もみじばの ひと
 なつかしく こがれこそすれ)

意味・・燃えるような紅葉の彩りは、しかし、よく見ると
    風に舞って落ちてゆく。その身の不運を知りなが
    らも、その不運を嘆くだけでなく、その一葉一葉
    にも生命があり、それを燃やし尽くしている。
    私は、政略結婚でこれから嫁いで行くのだが、不運
    を嘆くのでなく、相手の心に打ち解け、いちずに
    恋慕い尽してゆかねばと思う。

    徳川将軍家茂(いえもち)に16歳で嫁いで行く道中
    で詠んだ歌です。

 注・・なつかしく=心にひかれる。
    こがれ=焦がれ。いちずに恋したう。思い焦がれ
     る。

作者・・皇女和宮=1846~1877。31歳。政略結婚で14代
     徳川将軍家茂(いえもち)に嫁ぐ。



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2010年11月14日

名歌鑑賞・1292

そら数ふ 大津の子が 逢ひし日に おほに見しくは
今ぞ悔しき
         柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)
           (万葉集・219)

(そらかぞう おおつのこが あいしひに おおに
 みしくは いまぞくやしき)

詞書・・吉備津采女が死にし時に、柿本朝臣人麻呂が
    作れる歌。

意味・・大津の采女(うねめ)に、生前縁があって一度
    会ったことがあるが、その時にはただ何気な
    く過ごした。それが今では残念である。

    吉備の国(岡山県)に住んでいた采女が現職を
    離れ大津に住み亡くなったものと思われる。
    生前、この人のために何かしてあげていれば
    良かったという気持もあります。

 注・・吉備津の采女=吉備の国(岡山県)の津の郡出身
     の采女。
    采女(うねめ)=天皇の食事などの雑役に携わ
     った後宮の女官。美女が多い。
    そら数ふ=大津の枕詞。そらで数えるとおお
     よそという意。
    大津の子=大津(滋賀県)の采女。
    おほに=凡に。はっきりしない、ぼんやり。

作者・・柿本人麻呂=生没年未詳。万葉の歌人。
    



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2010年11月13日

名歌鑑賞・1291

にぎはしく 人住みにけり はるかなる 木むらの中ゆ
人笑ふ声
             釈迢空(しゃくちょうくう)
               (海やまのあひだ)

(にぎわしく ひとすみにけり はるかなる こむらの
 なかゆ ひとわらうこえ)

意味・・人々はにぎわしく親しくして、この山中に住み
    ついているもんだなあ。木々の茂りの中から遠
    く、笑い声が聞えてくる。

    山中を旅して感じた歌です。奥山も人が住む環
    境になっていて、このような所も皆あい寄って
    住みあっていることに、作者は深く感じとって
    います。その反面、他郷を旅する作者の孤独感
    を深めています。

 注・・木むら=木叢。木のよく茂った所。

作者・・釈迢空=1887~1953。本名折口信夫。慶応義塾
     大学文学部教授。北原白秋らと「日光」を創
     刊。「海やまのあひだ」「口訳万葉集」など。


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2010年11月12日

名歌鑑賞・1290

みじかさも 忘れまほしき 秋の日を 時打つ鐘は
わびしかりけり
             大隈言道(おおくまことみち)
               (草経集)

(みじかさも わすれまほしき あきのひを ときうつ
 かねは わびしかりけり)

意味・・為すべき事が沢山あって、時間が足りないと
    思いつつ、気にかけないようにしていた秋の
    一日だが、鐘が鳴り出し、残り少ない時間が
    思い起こされ侘しくさせられることだ。

    日々の時間の経過を知らせる鐘は、人生に残
    された時間も告げており、侘しさをつのらせて
    いる。

 注・・まほしき=自分の希望を表す。・・したい。
    わびし=侘し。物寂しい、気落ちして心が
     晴れない、せつない。

作者・・大隈言道=1798~1866。商家の生まれ。家業
     を弟に譲り隠棲する。歌集「早経集」。



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2010年11月11日

名歌鑑賞・1289

たがためぞ 夜半の衣の うら風に うつ声たえぬ
秋のしらなみ
                心敬(しんけい)
                 (寛正百首・51)

(たがためぞ よわのころもの うらかぜに うつこえ
 たえぬ あきのしらなみ)

意味・・誰の為に打つのであろうか、秋の夜中に衣打つ
    砧(きぬた)の音が、浦風にのって白波のように
    繰り返し絶えず聞えてくる。

    海辺に寝た夜、たえず聞えてくる砧の音から、
    砧を打つ女の身の上を思いやって詠んだ歌です。

 注・・衣のうら風=「衣」の縁で「裏」と続け「浦」を
     導きだした。浦風は海岸に吹く風。
    衣の・・うつ=木の槌で衣を打ち、柔らかくした
     り、つやをだしたりすること。
    しらなみ=「知らな」を掛け、「たがためぞ」を
     を受ける。

作者・・新敬=1406~1475。3歳の時上京して僧になる。
     権大僧都。「ささめごと」「老のくくりごと」。

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2010年11月10日

名歌鑑賞・1288

山がつと いひなくたしそ よにふれば たれも嘆きを
こる身なりけり
               村田晴海(むらたはるみ)
                 (琴後集・1179)

(やまがつと いいなくたしそ よにふれば たれも
 なげきを こるみなりけり)

意味・・山住まいの下賎な者と見下して、けなさないで
    ください。、投木を樵(こ)る身の上なのですか
    ら、長くこの世で生きていると私だってこの世
    の嘆きくらい知っていますよ。

    「嘆きを知る」は風流な心をもつということで、
    和歌も詠めることを言っています。    

 注・・山がつ=山賎。木こりなど、山里に住む身分の
     低い人。
    いひなくたしそ=言ひな腐しそ。「くたし」は
     物を腐らす、気持を損なう、けなす。「な・
     ・・そ」は動作を禁止する意を表す。
    よにふれば=世に経れば。この世に生き続ける。
    嘆き=「投木(薪のこと)」を掛ける。
    こる=伐る、樵る。木を切る。「凝る(熱中する・
     深く思い込む)」を掛ける。

作者・・村田晴海=1746~1812。賀茂真淵門下。国学者。
     


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2010年11月09日

名歌鑑賞・1287

田の雁や里の人数はけふもへる
                一茶(いっさ)
                 (七番日記)

(たのかりや さとのにんずは けふもへる)

意味・・めっきり寒くなり、刈田に雁がおりる頃、そろそろ
    冷たい雪がちらつき始める。男達は仕事を求めて、
    二人三人と村を去って行く。北の空から雁が続々と
    渡ってきて、田の面がにぎやかになるのにひきかえ、
    里の人数は日に日に減って行く。

    前書きは「信濃雪ふり」。
    信濃は昔から出稼ぎの本場であった。後に残されて、
    これから長い冬を過ごさねばならぬ家族達の心細さ
    も言外に感じさせられます。

作者・・一茶=1763~1827。小林一茶。信濃(長野県)の農民
     の子。3歳で生母に死別、15歳で江戸に出る。
     「七番日記」「おらが春」。



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2010年11月08日

名歌鑑賞・1286

和歌の浦の 松に六十の 老の浪 かけてぞなれぬ
道をしぞ思う
             藤原雅世(ふじわらのまさよ)
               (仙洞歌合・121) 

(わかのうらの まつにむそじの おいのなみ かけてぞ
 なれぬ みちをしぞおもう)

意味・・和歌の浦の松に波が寄せ掛けるように、和歌の
    道に六十年もの間かかわりながら、老いてなお
    成就しがたい遙(はる)けさを思うことだ。

 注・・和歌の浦=紀伊国の歌枕。和歌・歌道家を意味。
    老の浪=寄る年波、老齢。「和歌(若)」と老い
     は対。
    し=上接する語を強調する副詞。

作者・・藤原雅世=1390~1452。正二位権中納言。新続
     古今和歌集の撰者。


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2010年11月07日

名歌鑑賞・1285

わが背子を 大和へ遣ると さ夜深けて 暁露に 
わが立ち濡れし
             大伯皇女(おおくのひめみこ)
               (万葉集・105)

(わがせこを やまとにやると さよふけて あかとき
 つゆに わがたちぬれし)

詞書・・大津皇子、ひそかに伊勢の神宮に下りて、上り
    来る時に大伯皇女の作らす歌。

意味・・私の弟が大和に帰るのを見送ろうとして、夜が
    更けてからも立ち続け、明け方の露に私はすつ
    かり濡れてしまったことだ。

    弟の大津の皇子がひそかに訪ねて来て、重大な
    事(謀反の意志)を聞かされて見送る時に詠んだ
    歌です。    

 注・・背子=女性が兄または弟を呼ぶ語。
    遣る=行かせる。「帰る」とか「行く」という
     のと違って、自分の意志が働いている。名残
     惜しいけど帰らせるという意志。
    さ夜更けて=夜更けて。12時から午前1時頃。
    暁(あかとき)=明時。午前3時から午前4時頃。
    大津皇子=686年に草壁皇太子への反逆を企て、
     それが発覚して殺された。仕組まれた罠とも
     いう。
    伊勢の神宮=大伯皇女が伊勢の斎宮として居た。

大伯皇女=674年14歳で伊勢の斎宮。大津皇子の姉。




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2010年11月06日

名歌鑑賞・1284

いつの間に 紅葉しぬらん 山桜 昨日か花の 
散るを惜しみし
             具平親王(ともひらしんのう)
               (新古今集・523)

(いつのまに もみじしぬらん やまざくら きのうか
 はなの ちるをおしみし)

意味・・いつの間に紅葉したのだろうか。山桜よ。
    花の散るのを惜しんだのは昨日であった
    かと思われるのに。

作者・・具平親王=1009年没。46歳。村上天皇の
     第七皇子。


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2010年11月05日

名歌鑑賞・1283

瓶にさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に 
とどかざりけり
               正岡子規(まさおかしき)
                 (竹の里歌)

(かめにさす ふじのはなぶさ みじかければ たたみの
 うえに とどかざりけり)

意味・・机の上の花瓶にさした藤の花は今を盛りの美しさ
    だが、その垂れ下がっている花ぶさが短いので、
    ほんの少しの所で畳の上に届かないでいることだ。

    前書きには、仰向けに寝ながら左の方を見れば机
    の上に藤が活けられ、今が盛りの有様なり、と書
    かれています。
    正岡子規が詠んだ時の健康の状態は、死の前年に
    当り、結核の喀血で寝たきりの状態です。
    「みじかければ」は自分の健康状態を暗示して、
    「とどかざり」は「その結果何も出来ない」事を
    暗示しています。山岳の荘厳にも海洋の怒涛にも
    全く接触する事の不可能になった作者が、枕もと
    の瓶の花ぶさに対し自分の思いを述べた歌であり、
    作者のしみじみした寂しさを詠んでいます。

 注・・みじかければ・・とどかざり=短いから届かない
     というような因果的条理を述べているのでなく、
     寝たきりなので歩くことさえ全く出来ない、と
     いうような気持を詠んでいます。
    瓶=花瓶。

作者・・正岡子規=1867~1902。35歳。東大国文科中退。
     俳句・短歌の革新運動を推進。写生による句・
     歌を主張。歌集に「竹の里歌」。
     
 
    


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2010年11月04日

名歌鑑賞・1282

さそはれて おぼえず月に 入る野辺の 左は小萩
右は松虫
         木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)
           (挙白集)

(さそわれて おぼえずつきに いるのべの ひだりは
 こはぎ みぎはまつむし)

意味・・月の光に誘われて思わず分け入った野辺の、
    左には萩の花が咲き、右では松虫が鳴いて
    いる。

 注・・さそわれて おぼえず月に=月に誘われて
     おぼえず、の語順を変えて表現。この事
     により「さそわれて」が強調されている。

作者・・木下長嘯子=1569~1649。豊臣秀吉に仕える。
     和歌は細川幽斎に学ぶ。家集「挙白集」。




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2010年11月03日

名歌鑑賞・1281

春は花 秋には月と ちぎりつつ けふを別れと 
おもはざりけり
          藤原家経(ふじわらのいえつね)
            (後拾遺和歌集・482)

(はるははな あきにはつきと ちぎりつつ けふを
 わかれと おもわざりけり)

意味・・春は花見に、秋は月見にというように、あなた
    と親交を結んで来ましたが、まさか今日の日が
    別れの日だとは思いもしませんでした。

    能因法師が伊予に下向する時に別れを惜しんで
    詠んだ歌です。

 注・・ちぎり=契り。約束、言い交わすこと。

作者・・藤原家経=1001~1058。讃岐守・正四位下。
     家集「家経朝臣集」。



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2010年11月02日

名歌鑑賞・1280

ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる
一ひらの雲
           佐々木信綱(ささきのぶつな)
             (新月)

(ゆくあきの やまとのくにの やくしじの とうの
 うえなる ひとひらのくも)

意味・・秋がもう終わりをつげようとしている頃、
    大和の国の古い御寺、薬師寺を訪ねて来て
    みると、美しい形相を誇って高くそびえる
    宝塔の上には、一ひらの雲が静かに浮かん
    でいて、その幽寂な感じをいっそう強くし
    ている。ああその白い雲よ。

    うるわしい大和(奈良)の逝く秋を惜しむ気
    持と、1300年の歴史を刻んだ古典的な味わ
    いのする高塔と、その上にある一片の雲を
    通して感触する旅愁を詠んでいます。    

 注・・ゆく秋=晩秋。秋の暮れ行くのを惜しむ心
     がこもっている。四季の中で春と秋とは
     過ぎ去るのが惜しい季節なので「行く春」
     「ゆく秋」と詠まれる。
    大和=日本国、ここでは奈良県。
    薬師寺=奈良市西の京にある古寺。730
     年に建造。塔は高さ38m。各階に裳階(も
     こし)があるので六重塔に見えるが三重塔。
     塔の上には相輪が立ち、さらにその上部
     に水煙の飾りがある。

作者・・佐々木信綱=1872~1963。国文学者。歌集
     に「思草」「新月」の他「校本万葉集」。



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2010年11月01日

名歌鑑賞・1279

春雨の あやをりかけし 水のおもに 秋はもみぢの
錦をぞ敷く
           道命法師(どうみょうほうし)
             (詞花和歌集・134)

(はるさめの あやおりかけし みずのおもに あきは
 もみじの にしきをぞしく)

意味・・春雨が綾を織り懸けていた水面に、秋には
    紅葉が錦を敷いており、これまた美しい。
 
    春雨の綾織物と紅葉の錦との見立ての対比
    の面白さを詠んでいます。

 注・・春雨のあや=雨の降りそそぐ波紋を綾織物
     の文様に見立てた。
    錦=川面の紅葉を錦に見立てること。

作者・・道命法師=974~1020。比叡山天王寺別当。
     中古三十六歌仙。



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