2016年06月

2016年06月30日

・われを思ふ 人を思はぬ むくいにや わが思ふ人の 我を思はぬ


*************** 名歌鑑賞 ***************


われを思ふ 人を思はぬ むくいにや わが思ふ人の 
我を思はぬ              
                  詠人知らず 

(われをおもう ひとをおもわぬ むくいにや わがおもう
 ひとの われをおもわぬ)

意味・・私を愛してくれる人を愛さなかった報いが
    来たのかな。今、私が愛している人が私を
    愛してくれないのは。

    人からつれなくされて、過去の自分の行為
    を反省した歌です。

出典・・古今和歌集・1041。



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2016年06月29日

・帰らじと かねて思へば 梓弓 なき数に入る 名をとどむる


*************** 名歌鑑賞 ***************


帰らじと かねて思へば 梓弓 なき数に入る
名をとどむる           
               楠木正行

(かえらじと かねておもえば あづさゆみ なき 
 かずにいる なをとどむる)

意味・・とうてい勝ち目のない戦いなので、勝って
    帰れないと思うが、自分が生きていた証(
    あかし)に、名をここに刻み、必死の覚悟
    で出陣をしょう。

    650年前、正行(まさつら)がとうてい勝目
    のない足利の大軍を四条畷(しじょうなわて・
    現大阪府)に迎え打つための出陣で、吉野の
    如意輪寺の扉に矢尻で刻んだ、辞世の歌です。

 注・・かねて=前もって。
    梓弓(あづさゆみ)=入るに掛る枕詞。
    なき数に入る=生きて帰れないと死ぬ覚悟で
     出陣する者達。死者の仲間入りする人々。

作者・・楠木正行=くすのきまさつら。1326~1348。
    23歳。楠正成(まさしげ)の子。

出典・・太平記。


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2016年06月28日

・君 あしたに去りぬ ゆうべのこころ 千々に何ぞ はるかなる


*************** 名歌鑑賞 ***************


君 あしたに去りぬ ゆうべのこころ 千々に何ぞ 
はるかなる
                  蕪村

(きみ あしたにさりぬ ゆうべのこころ ちぢに
 なんぞはるかなる)

意味・・あなたは一朝にしてあの世へ旅立たれ、残された
    私は、夕べ、こうして千々に心乱れています。
    思い出されるふたりの時の、なんと遥かなことか。

    蕪村と親交のあった俳人早見晋我(はやみしんが)
    が亡くなった時に詠まれた晩詩です。

 注・・はるか=遥か。距離、また年月が遠く隔たってい
     るさま。はるかな昔。
    早見晋我=はやみしんが。1745年75歳で没。蕪村
     はこの時30歳。其角に師事。代々酒造業。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。1716~1783。南宗画
    も池大雅とともに大家。

出典・・俳詩(竹西寛子「松尾芭蕉集・与謝蕪村集」)



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2016年06月27日

・五月雨や 大河を前に 家二軒


************** 名歌鑑賞 ****************


五月雨や 大河を前に 家二軒     蕪村

(さみだれや たいがをまえに いえにけん)

意味・・何日も降り続く五月雨のために、水かさを
    増して荒れ狂うように流れる大河。
    対岸には、今にも押し流されそうな二軒の
    小さな家が寄り添うように建っている。

 注・・五月雨=陰暦五月に降る雨。梅雨。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。1716~1783。
    南宗画も池大雅とともに大家。

出典・・おうふう社「蕪村全句集」。



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2016年06月26日

・誰ならん 荒田の畔に すみれ摘む 人は心の わりなかるべし


誰ならん 荒田の畔に すみれ摘む 人は心の 
わりなかるべし 
                 西行

(たれならん あらたのくろに すみれつむ ひとは
 こころの わりなかるべし)

意味・・誰であろう、荒れ果てた田の畦で菫を
    摘んでいる人がいるが、きっとあの人
    は何ともいえない思いに駆られて摘ん
    でいることであろう。

    戦乱で荒れた世の中でも、美を求める
    人がいるが、その人々のやるせない気
    持を詠んでいます。

 注・・畔(くろ)=田のふち、畦(あぜ)。
    荒田の畔=「戦乱の世の中」を荒田に
    たとえている。
    菫=「美を求める心」を象徴している。
    わりなし=やるせない、どうしょうも
     ない。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1191。俗
    名佐藤義清。下北面の武士として鳥羽
    院に仕える。1140年23歳で財力があ
    りながら出家。出家後京の東山・嵯峨
    のあたりを転々とする。陸奥の旅行も
    行い30歳頃高野山に庵を結び仏者とし
    て修行する。

出典・・家集「山家集・160」。



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2016年06月25日

・時により 過ぐれば民の 嘆きなり 八大竜王 雨やめたまえ


*************** 名歌鑑賞 ***************


時により 過ぐれば民の 嘆きなり 八大竜王 
雨やめたまえ 
                 源実朝

(ときにより すぐればたみの なげきなり はちだい
 りゅうおう あめやめたまえ)

意味・・恵の雨も、時によっては降りすぎると民の
    嘆きを引きおこします。八大竜王よ雨を止
    めてください。

    1211年の洪水に際して、祈念を込めて
    詠んだ歌であり、為政者としての責任から
    出た歌でもあります。
    
 注・・八大竜王=八体の竜神で雨を司ると信
      じられていた。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~121
    9。28歳。12歳で三代将軍となった。鶴岡
    八幡宮で甥の公卿に暗殺された。

出典・・金槐和歌集。



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2016年06月24日

・世の中の 遊びの道に すずしきは 酔ひ泣きするに あるべかるらし


*************** 名歌鑑賞 ****************


世の中の 遊びの道に すずしきは 酔ひ泣きするに
あるべかるらし
                 大伴旅人
           
(よのなかの あそびのみちに すずしきは えいなき
 するに あるべかるらし)

意味・・世の中の遊びの道で清々しく快いのは、酔って
    泣いたりするのにあるようだ。

    世間の遊びの道が面白くなければ、いっそ酒を
    飲んで泣き上戸にでもなるほうがいいらしい。

    作者は大宰府まで伴った妻と死別して悲嘆のど
    ん底にあった頃詠んだ歌です。

 注・・すずしき=涼しき。気持がさっぱりしている。
     さわやかである。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。従二
    位大納言。大伴家持の父。

出典・・万葉集・347。



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2016年06月23日

・忘らむて 野行き山行き 我来れど 我が父母は 忘れせぬかも


***************** 名歌鑑賞 ***************


忘らむて 野行き山行き 我来れど 我が父母は
忘れせぬかも
                 商長首麻呂 

(わすらんて のゆきやまゆき われくれど わがちち
 ははは わすれせぬかも)

意味・・忘れようとして、野原を眺め山を眺め私はやっ
    て来たけれども、我が父母のことは・・・。
    忘れられない。

    防人の歌です。駿河国(静岡県)から難波(大阪)
    に向かう途中の野と山を詠んだ歌です。防人達
    は、野を越え山を越えはるばる難波までやって
    来て集結。それから海路筑紫(福岡県)に向かっ
    た。
    兵役につくわけだから、いつまで経っても父母
    のことばかりを思って、めそめそしているわけ
    にはいかない。だから、忘れようとして、野原
    を通っている時には野原を眺め、山を通ってい
    る時には山を眺め、やって来たけれども、父母
    の事は忘れられないのである。だから、ひたす
    ら歩くしかなかった。

 注・・忘らむて=苦しさを忘れようと努める。「て」
     は「と」の訛り。

作者・・商長首麻呂=あきのおさのおびとまろ。生没年
    未詳。駿河の防人。

出典・・万葉集・4344。


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2016年06月22日

・淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 情もしのに 古思ほゆ


*************** 名歌鑑賞 *****************


淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 情もしのに
古思ほゆ
                柿本人麻呂

(おうみのみ ゆうなみちどり ながなけば こころも
 しのに いにしえおもほゆ)

意味・・近江の湖の夕べの波の上を飛ぶ千鳥よ、お前が
     鳴くと、心もしおれて昔のことが(繁栄していた
     頃の都が)思われることだ。

    壬申の乱後、荒れた近江の都を過ぎる時に詠んだ
    歌です。

 注 ・・淡海の海=近江の海、すなわち琵琶湖のこと。
    情(こころ)もしのに=心もしおれなびくように。
    古思ほゆ=昔のことが思われる。「古」は、今は
     廃墟と化したこの地に、壮麗な大津の宮があっ
     た時代をさしている。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとのひとまろ。生没年未詳。

出典・・万葉集・266。



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2016年06月21日

・目に嬉し恋君の扇真白なる


*************** 名歌鑑賞 *****************


目に嬉し恋君の扇真白なる
                   蕪村

(めにうれし こいぎみのおうぎ ましろなる)

意味・・大勢が一座する場所に、ひそかに思いをよせる男性
    がいる。その人は真っ白な扇を手にしてゆったりと
    風をいれている。いかにも品格のある、清潔な人柄
    がしのばれる。

    やや離れた場所から、相手の姿をほれぼれと頼もし
    く眺めている女性の心情を詠んでいます。

 注・・恋君(こいぎみ)=女性から見て男性の恋人をさす。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。1716~1783。

出典・・蕪村全句集・1298。



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2016年06月20日

・遅き日の つもりて遠き むかしかな


************** 名歌鑑賞 ***************


遅き日の つもりて遠き むかしかな    
                      蕪村

(おそきひの つもりてとおき むかしかな)

詞書・・懐旧。

意味・・日の暮れの遅い春の一日、自然と思いは過去に
    向う。昨日もこんな日があり、一昨日もこんな
    日であった。こんな風にして、過去の一日一日
    も過ぎていった。やがて来る残り少ない未来の
    ある一日も、このようにして昔となってゆくだ
    ろう。

    心は遠い昔にはせ、老いの寂しさを詠んだ句です。

    白居易の漢詩、参考です。
    
     「懐旧」   

    往時渺茫として全て夢に似たり 
    旧遊零落して半ば泉に帰す

    おうじ ぼうぼうとして すべてゆめに にたり
    きゅうゆう れいらくして なかば せんにきす

    過ぎ去った昔のことはぼおっとかすんでしまって、
    全てが夢のようだ。かって良き遊び友達の半ばは、
    木の葉が落ちるように欠けていって、半分は泉下
    に帰してしまって嘆かれる。

 注・・つもり=積り、一日一日が積って過去になる。
    渺茫(ぼうぼう)=水の広大なさま。
    旧遊=旧友。
    零落=草木の葉が落ちること。

作者・与謝蕪村=よさぶそん。1716~1783。池大雅と共
   に南宗画の大家。

出典・・おうふう社「蕪村全句集」。

遅き日のつもりて遠きむかしかな  蕪村

    (春日遅々、昨日もこんな日であり、一昨日も
    こんな日であった。こうした日を幾年となく
    重ねて、昔も遠くなってしまったことだ)

    この句には昔の良き時代を懐かしみ、自分の
    良き時代を懐かしむ気持ちも含まれています。

    良き時代の一例。
    あをによし奈良の京は咲く花の薫ふがごとく
    今盛りなり

    (奈良の都は、咲いている花が色美しく映える
    ように、今真っ盛りである)


    毎日を平々凡々と過ごしているように見えま
    すが、自分のこの一年間を振り返るとあの時
    は良かったと思う時があるもです。10年前、
    20年前を振り返って見ても、その間にも良き
    時代があったと思い出されるものです。頑張
    っていた良き時代があります。
    そういう昔も、遠くなったものだという昔を
    懐かしむ気持ちが含まれる蕪村の句です。

    現在の自分は杖を頼りに歩く状態だとします。
    特になすべき事もなく平々凡々と日々を過ご
    している。生産性のある事もしてもいない。

    この状態を何年か後の身体が弱った時に思い
    浮かべたらどうでしょう。
    あの時は杖を頼りながらでも公園まで歩き、
    美しく咲いた花を楽しんだものだ。よく頑張
    って散歩に出かけたものだ、と思うかも知れ
    ない。
    後から見ると、当時は何でもない事を、頑張
    っていたとか、楽しんでいたと思うものです。
    後日になってあの時は良かったと思うではな
    く、その日にその日が良かっと思うようにな
    りたい。すなわち、「日々是好日」を味わい
    たく思う。




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2016年06月19日

・花に来ぬ 人笑ふらし 春の山



花に来ぬ 人笑ふらし 春の山   
                杉木望一

(はなにこぬ ひとわらうらし はるのやま)

意味・・春の山はどこか明るく、山全体がなんだか
    笑っているようであるが、それはきっと、
    この山の美しい満開の桜を見に来ない人を
    笑っているのであろう。

作者・・杉木望一=すぎきもいち。1586~1643。
    伊勢神宮の神職の家に生まれた。盲目で
    あるが伊勢俳諧の有力な指導者となる


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2016年06月18日

・唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてぞ来ぬや 母なしにして


*************** 名歌鑑賞 *****************


唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてぞ来ぬや 
母なしにして 
              国造小県郡他田舎人大島

(からころも すそにとりつき なくこらを おきてぞ
 きぬや ははなしにして)

意味・・唐衣の袖に取りすがって泣きじゃくる子ら、
    ああ、その子らを置き去りにして来てしまっ
    た。母親もいないままに。
  
    死別か何かの事情で母のいない子供達を無理
    やりに残してきた悲痛な心情を詠んだ歌です。
    防人という公務が個人的事情を全く考慮され
    ない強制力の強いものであったことがうかが
    われます。
 
 注・・防人=東国から送られて北九州の要地を守った
     兵士。
    唐衣=外国風にしたてた服。防人としての官給
     の服。
    置きて=後に残して。
    母なしにして=母親もいなくて。
    国造(くにのみやつ)=地方の豪族。防人の中で
     最上位の地方長官。
    小県郡=長野県上田市のあたり。

作者・・他田舎人大島=おさたのとねりおおしま。防人。

出典・・万葉集・4401。



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2016年06月17日

・さざなみの 志賀の大わだ 淀むとも 昔のひとに またも逢はめやも


**************** 名歌鑑賞 ****************


さざなみの 志賀の大わだ 淀むとも 昔のひとに 
またも逢はめやも                 
                  柿本人麻呂

(さざなみの しがのおおわだ よどむとも むかしの
 ひとに またもあわめやも)

意味・・志賀の大わだ、この大わだが昔のままにいくら
    淀んでいても、ここで昔の大宮人に再びめぐり
    逢えようか。逢えはしない。

    近江の荒れた都を通り過ぎる時に詠んだ歌です。
    近江は壬申の乱で焼失し荒廃した。

    変わらない自然に人生のはかなさを対比させて
    います。

 注・・さざなみ=志賀の枕詞。
    大わだ=湾曲して水の淀む所で、舟遊びの適所。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没年未詳。
     710年頃死亡。

出典・・万葉集・32。



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2016年06月16日

・ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも


**************** 名歌鑑賞 *****************


ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の
荒れまく惜しも
                  柿本人麻呂
           
(ひさかたの あめみるごとく あおぎみし みこの
 みかどの あらまくおしも)

意味・・大空を見るように仰ぎ見ていた草壁皇子の御殿が
    荒れてゆくのは悲しいことだ。

    草壁皇子の父は天武天皇、母は持統天皇。天武天皇
    崩御後、ライバルの大津皇子に争い勝ち、持統天皇
    と供に天下を取ったが28歳の若さで亡くなった。
    その後の宮殿の荒れて行く姿を詠んだ歌です。

 注・・皇子=ここでは28歳で亡くなった草壁皇子をさす。
    御門=宮殿。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没年未詳。万
    葉時代の最大の歌人。

出典・・万葉集・168。



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2016年06月15日

・雲雀たつ 荒野に生ふる 姫ゆりの 何につくとも なき心かな


************** 名歌鑑賞 ****************


雲雀たつ 荒野に生ふる 姫ゆりの 何につくとも
なき心かな
                 西行
               
(ひばりたつ あらのにおうる ひめゆりの なんに
 つくとも なきこころかな)

意味・・雲雀が飛び立つ荒野に生えている姫ゆりの
    揺れる姿は、何事にもとらわれる事もなく
    無心に咲いた花、それは美しく見える。

    自然の姿は何事にも囚われない、執着心が
    ない。なんと美しいことだろうと歌ってい
    ます。

 注・・姫ゆり=「姫百合」と「揺り」を掛けている。
    何につくともなき心=何物にも囚われる事の
     ない自由な心。何事にも執着しない心。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。

出典・・山家集・866。



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2016年06月14日

・思い切れ 切らねば一個の 武者ならず 百まで生きぬ 人の世の中


****************** 名歌鑑賞 ******************


思い切れ 切らねば一個の 武者ならず 百まで生きぬ
人の世の中
                   
(おもいきれ きらねばいっこの むしゃならず ひゃくまで
 いきぬ ひとのよのなか)

意味・・思い切るのだ、切らなければ一人前の武者(武士)では
    ない。どうせ100歳までも生きはしない、人の命なの
    だから。

    くよくよ考えていても始まらない。やってみる事が第
    一である。やってみて駄目だと思ったら、引き際も大
    切。全ての事は、思い切る事が大切なのである。未練、
    執着、迷い・・、こうした思いが渦巻いた時は、この
    言葉を思い返すのもいいだろう。

出典・・斎藤亜加里著「道歌から知る美しい生き方」。



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2016年06月13日

・たまゆらに 昨日の夕べ 見しものを 今日の朝に 恋ふべきものか


**************** 名歌鑑賞 ***************


たまゆらに 昨日の夕べ 見しものを 今日の朝に
恋ふべきものか
                  詠み人知らず 

(たまゆらに きのうのゆうべ みしものを きょうの
 あしたに こうべきものか)

意味・・昨日の夕べ、ほんのちらと、偶然めぐりあった
    あの人なのに、もう今朝は、あの人の面影が胸
    に棲(す)みついて、私はあの人を恋し始めてい
    る。こんな事があるものだろうか。

 注・・たまゆら=珠と珠が触れあつてかすかな音をた
     てるその瞬間の事。束の間の短い時間。

出典・・万葉集・2391。



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2016年06月12日

・人知れぬ 大内山の 山守は 木隠れてのみ 月を見るかな


**************** 名歌鑑賞 ****************


人知れぬ 大内山の 山守は 木隠れてのみ 
月を見るかな
              源頼政 

(ひとしれぬ おおうちやまの やまもりは こがくれ
 てのみ つきをみるかな)

意味・・人に知れない大内山の山守である私は、木に
    隠れた状態でばかり月を見ることです。

    大内山の山守,つまり内裏守護番の私はいつも
    物陰からひっそりと帝を拝見するばかりです。

    内裏守護の役にありながら昇殿を許されない
    無念さを、帝を月に、我が身を賎(いや)しい
    山守になぞらえて表現しています。

    「平家物語」はこの歌によって頼政は昇殿を
    許されたという。

 注・・大内山=皇居、宮中。
    山守=山を守る事、山の番をする事。ここで
     は内裏の守護番。
    木隠れて=表立たない状態の比喩。
    昇殿=清涼殿の殿上の間の出入りが許される
     事。

作者・・源頼政=みなもとのよりまさ。1104~1180。
    平氏に叛(そむ)き宇治河合合戦に破れ自害。
    従三位。

出典・・千載集・978。



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2016年06月11日

・たらちめは かかれとてしも むばたまの わが黒髪を なでずやありけむ


************** 名歌鑑賞 ***************


たらちめは かかれとてしも むばたまの わが黒髪を
なでずやありけむ
                    遍照 

(たらちめは かかれとてしも むばたまの わが
 くろかみを なでずやありけん)

意味・・私の母はよもやこのように出家剃髪せよと
    言って、私の黒髪を撫でいつくしんだので
    はなかったろうに。

    詞書により、出家直後に詠んだ歌です。
    出家直後の悔恨に近い複雑な心情が、母親
    へのいとおしさとともに詠まれています。

 注・・たらちめ=母の枕詞。母。
    かかれ=斯かれ。このような。
    出家=家庭生活をも捨てて仏門に入る事。
     仏門では5戒とも250戒とも言われる戒
     を修行して解脱への道を求める。

作者・・遍照=へんじょう。814~890。僧正。3
    6歳の時に出家。

出典・・後撰和歌集・1240。



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2016年06月10日

・お山田の さなへの色は すずしくて 岡べ木暗き 杉の一村


************** 名歌鑑賞 **************


小山田の さなへの色は すずしくて 岡べこ暗き 
杉の一村
                  永福門院

(おやまだの さなえのいろは すずしくて おかべ
 こぐらき すぎのひとむら)

意味・・山あいの田の早苗の色は涼しげな緑で、
    その向こうの岡のあたりには、杉木立が
    木暗く茂っている。

 注・・一村=一叢、群生している草木の一まとまり。

作者・・永福門院=えいふくもんいん。1271~1342。
    伏見天皇の中宮。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。



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2016年06月09日

・水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 五月雨の頃


************** 名歌鑑賞 ***************


水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 
五月雨の頃 
                  西行

(みずなしと ききてふりにし かつまたの いけあら
 たむる さみだれのころ)

意味・・水が無いということで長い年月言いつがれて
    きた勝間田の池でも、五月雨が降り続き、池
    の様子もすっかり変ってしまったものだ。

    五月雨が降りようやっと池に水が貯まった喜
    びを歌っています。

 注・・ふりにし=「古り」と「降り」の掛詞。
    勝間田=奈良県生駒郡。

作者・・作者・・西行=さいぎょう。1118~1191。
    俗名佐藤義清。下北面の武士として鳥羽院に
    仕える。1140年23歳で財力がありながら出
    家。出家後京の東山・嵯峨のあたりを転々と
    する。陸奥の旅行も行い30歳頃高野山に庵を
    結び仏者として修行する。家集「山家集」。

出典・・家集「山家集・225」。


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2016年06月08日

・冬ごもり 春の大野を 焼く人は 焼き足らねかも 我が心焼く


************** 名歌鑑賞 **************


冬ごもり 春の大野を 焼く人は 焼き足らねかも 
我が心焼く
                詠み人知らず

(ふゆごもり はるのおおのを やくひとは やきたら
 ねかも わがこころやく)

意味・・春の大野を焼く人は、野を焼くだけでは
    物足りないのか、私の心まで焼いている。

    恋する相手を好きで好きでたまらなくな
    った気持を詠んでいます。

 注・・冬ごもり=「春」の枕詞。
    大野=原野。
    焼く人=焼畑に従事する人。恋する相手に
       たとえたもの。
    心焼く=胸の中に恋の焔(ほのお)をかき
        たてること、のたとえ。

出典・・万葉集・1336。



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2016年06月07日

・をしなべて こずえ青葉に なりぬれば 松の緑も わかれざりき


************** 名歌鑑賞 ***************


をしなべて こずえ青葉に なりぬれば 松の緑も 
わかれざりき 
                    白河院

(おしなべて こずえあおばに なりぬれば まつの
 みどりも わかれざりけり)

意味・・木々の梢が全て青葉になってしまったので、
    松の緑も見分けがつかなくなったことだ。

    松は常緑なので他の時期なら、ひときわ目立
    ったのに、今は目立たなくなった。

 注・・をしなべて=一様に、あまねく。
               わかれ=分かれ、区別、違い、見分け。

作者・・白河院=しらかわいん。1053~1129。72代
    天皇。後拾遺和歌集の下命者。

出典・・金葉和歌集・96。



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2016年06月06日

・いざ子ども 早く大和へ 大友の 御津の浜松 待ち恋ひぬらむ


************** 名歌鑑賞 **************


いざ子ども 早く大和へ 大友の 御津の浜松 
待ち恋ひぬらむ
                 山上憶良

(いざこども はやくやまとへ おおともの みつの
 はままつ こひぬらむ)

意味・・さあ人々よ、早く日本へ帰ろう。今頃はきっと
    御津の浜松が我々を待ちこがれていることだろ
    う。
    
    山上憶良が遣唐使の随員として中国に滞在した
    時に、故国日本を恋い慕って詠んだものです。
    大きな仕事を成し遂げた安堵感、そしてその宝
    物を早く持ち帰り皆に見せてやりたいという願
    望が込められています。

 注・・いざ子ども=目下の者への呼びかけ。
    早く大和へ=早く日本へ帰ろう。
    大友の御津=大阪湾難波にある港、遣唐船が発
     着した。

作者・・山上憶良=やまのうえのおくら。660~733。
    遣唐使として渡唐。
 
出典・・万葉集・63。



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2016年06月05日

・大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ


***************** 名歌鑑賞 *****************


大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち
国見をすれば 国原は 煙立ち立つ       
                       舒明天皇

(やまとには むらやまあれど とりよろう あまのかぐやま
 のぼりたち くにみをすれば くにはらは けむりたちたつ)

意味・・大和の国には多くの山々があるけれど、中でも立派に
    そなわり整った天の香具山よ。その山に登り立って国見
    をして見ると国の広い所には煙があちらに立ちこちらに
    立ちしている。

    高い所から見下ろした壮大な景観が描かれ、炊飯の煙に
    庶民の繁栄が賛美されています。

 注・・群山=たくさん群がっている山々。
    とりよろふ=山としてりっぱにそなわり整っている。
    香具山=奈良県桜井市にある山。
    国見=高い所に登って国の形勢や民の生活を望み見る事
    国原=国土の広く平らな所。大和平野のこと。
    煙立ち立つ=煙があちらからもこちらからもしきりに立
     ちのぼる。「煙」は炊事をする煙。炊煙が多いののは、
     施政が行き届いて、民が富み栄えている事を示す。

作者・・舒明天皇=じょめいてんのう。593~641。

出典・・万葉集・2。
    


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2016年06月04日

・五月まつ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする



五月まつ 花橘の 香をかげば 昔の人の 
袖の香ぞする
               詠み人知らず 

(さつきまつ はなたちばなの かをかけば むかしの
 ひとの そでのかぞする)

意味・・五月を待って咲く橘が早くも咲いて、その香りが
    匂ってくる。それは昔親しかったあの人の袖の香
    りを思いださせ、なつかしくさせてくれる。

    香りを通じて思い出されてくる懐かしさを詠じて
    います。

 注・・五月まつ=五月になって咲く。
    花橘=橘の花。
    袖の香=今様で言えば香水の香り。

出典・・古今和歌集・139。


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2016年06月03日

・轟々として 夜の海 荒れいたり 貧も希ひも 思へばかすか


************** 名歌鑑賞 ***************


轟々として 夜の海 荒れいたり 貧も希ひも
思へばかすか
                長沢一作 

(ごうごうとして よるのうみ あれいたり ひんも
 ねがいも おもえばかすか)

意味・・轟きをあげて夜の海が荒れている。黒いその
    怒涛の叫びはもの凄い音を立てて荒れ狂う。
    我が生活の貧しさ、我が希(ねが)いなども、
    思えば何とかすかな、ささやかなものか。

作者・・長沢一作=ながさわいっさく。1926~2013。
    慶応義塾中退。佐藤佐太郎に師事。

出典・・歌集「條雲」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)



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2016年06月02日

・朝夕の 餉も誰か すすむべし 我が病みぬれば かなしき背子よ


*************** 名歌鑑賞 *****************


朝夕の 餉も誰か すすむべし 我が病みぬれば
かなしき背子よ
               杉浦翠子 

(あさゆうの かれいもたれか すすむべし わがやみ
 ぬれば かなしきせこよ)

意味・・朝夕の食事も、誰が心をこめて作ろうか。作り
    はしない。妻である私は病んでいて、あなたの
    食事の事さえしてあげられないでいる。可哀そ 
    うな夫よ。

    病む身のわびしさと夫恋いの思いを詠んだ歌で
    す。

 注・・餉(かれい)=携行食、食糧。
    すすむ=勧む。飲食物を献上する。
    背子=妻が夫を女性が恋人を呼ぶ語。

作者・・杉浦翠子=すぎうらすいこ。1891~1960。北
     原白秋に師事。夫は画家の杉浦非水。

出典・・歌集「寒紅集」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)



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2016年06月01日

・五月闇 みじかき夜半の うたた寝に 花橘の 袖に涼しき


**************** 名歌鑑賞 *****************


五月闇 みじかき夜半の うたた寝に 花橘の
袖に涼しき
                   慈円 

(さつきやみ みじかきよわの うたたねに はなたち
 ばなの そでにすずしき)

意味・・五月闇の短い夜、うたた寝をしていると、花橘の
    香りが、袖のあたりに涼しく漂ってくることだ。

    湿ったむさ苦しい暑さの中で熟睡も出来ない夜半、
    さわやかな涼しい風が花橘の香りを乗せて来た。

 注・・五月闇=五月雨(さみだれ・梅雨)の降り続く頃の
     暗闇。この時分は夜が短かい。

作者・・慈円=じえん。1154~1225。大僧正。天台座主。

出典・・新古今和歌集・242。



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