2016年10月

2016年10月31日

・秋風に はつかりがねぞ 聞ゆなる 誰がたまづさを かけて来つらむ


************** 名歌鑑賞 ***************


秋風に はつかりがねぞ 聞ゆなる 誰がたまづさを
かけて来つらむ
                 紀友則 

(あきかぜに はつかりがねぞ きこゆなる たが
 たまづさを かけてきつらん)

意味・・秋風に乗って初雁の声が聞こえて来る。
    遠い北国から、いったい誰の消息を携え
    て来たのであろうか。

    前漢の将軍蘇武(そぶ)が囚われ、数年過
    ぎた後、南に渡る雁の足に手紙をつけて
    放した。それが皇帝の目にとまり、無事
    帰国する事が出来たという故事に基づい
    て詠まれた歌です。

    飛んでいる雁を見て、別れた人々の消息、
    転勤で別れた人や結婚して独立した子供、
    あの人達は今どうしているだろうかと思
    って詠まれています。

 注・・かりがね=雁が音。雁の鳴く声。雁の異
     名。
    たまづさ=手紙、消息、使い。
    かけて=掛けて。掛けて、取り付けて。

作者・・紀友則=きのとものり。907年頃没。
     「古今和歌集」の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・207。



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2016年10月30日

・大空に ただよふ雲の しら雲の さびしき秋に なりにけるかも


**************** 名歌鑑賞 ***************


大空に ただよふ雲の しら雲の さびしき秋に
なりにけるかも
                石井直三郎

(おおぞらに ただようくもの しらくもの さびしき
 あきに なりにけるかも)

意味・・青い大空には白い雲が漂っている。ああ、もう
    さびしい秋がきたのだなあ。

    木々の梢が色づき、枯葉が落ちてくると晩秋の
    淋しさが感じられる。秋の涼しい風が冷たく感
    じられると晩秋であり冬が間近となる。青空に
    漂う白い雲を見ていると、今は清々しく気持ち
    の良いものだが、すぐに冬隣りとなってくるこ
    とを思うと淋しさが湧いて来る。

作者・・石井直三郎=いしいなおざぶろう。1890~19
    36。東大国文科卒。尾上柴舟らと歌誌「水瓶」
    を創刊。

出典・・歌集「青樹」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)



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2016年10月29日

・いづこにも 月はわかじを いかなれば さやけかるらん 更級の里


*************** 名歌鑑賞 ***************


いづこにも 月はわかじを いかなれば さやけかるらん
更級の里
                   隆源法師
             
(いずこにも つきはわかじを いかなれば さやけ
 かるらん さらしなのさと)

意味・・どこに出る月であっても区別はなかろうに。
    一体どうしてさやかなのだろうか、更級の
    里では。

 注・・わかじ=分がじ。分けない、区別をしない。
    更級の里=長野県更級郡。月の名所。

作者・・隆源法師=りゅうげんほうし。生没年未詳。
    後拾遺和歌集の編纂に従事。

出典・・千載和歌集・277。



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2016年10月28日

・秋をへて 昔は遠き 大空に 我が身ひとつの もとの月影


**************** 名歌鑑賞 ****************


秋をへて 昔は遠き 大空に 我が身ひとつの
もとの月影
              藤原定家
          
(あきをへて むかしはとおき おおぞらに わがみ
 ひとつの もとのつきかげ)

意味・・幾多の秋を経て、昔は遠い彼方にある。大空には
    昔を思い出させる変わらぬ月の光、そして我が身
    ばかりはもとのままである。

    昔から、出世しようと頑張って来たのだがそれで
    もうだつが上がらない、私だけがもとのままだ。

    本歌は在原業平の次の歌です。

   「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは
    もとの身にして」

作者・・藤原定家=ふじわらのさだいえ。1162~1241。
    平安末期から鎌倉初期を生きた歌人。

出典・・定家卿百番自歌合(岩波書店「中世和歌集・鎌倉
    篇」)


本歌です。

月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは 
もとの身にして      
                在原業平
           
(つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ わがみ
 ひとつは もとのみにして)

意味・・この月は以前と同じ月ではないのか。春は去年
    の春と同じではないのか。私一人だけが昔のま
    まであって、月や春やすべてのことが以前と違
    うように感じられることだ。

    しばらく振りに恋人の家に行ってみたところ、
    すっかり変わった周囲の光景(すでに結婚して
    いる様子)に接して落胆して詠んだ歌です。

作者・・在原業平=ありわらなりひら。825~880。美
    濃権守・従四位。「伊勢物語」が有名。

出典・・古今和歌集・747。



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2016年10月27日

・金色の ちひさき鳥の かたちして 銀杏散るなり 夕日の岡に


*************** 名歌鑑賞 ***************


金色の ちひさき鳥の かたちして 銀杏散るなり 
夕日の岡に
                 与謝野晶子

(こんじきの ちいさきとりの かたちして いちょう
 ちるなり ゆうひのおかに)

意味・・金色にかがやく小さな鳥を思わせる銀杏の葉、
    それが今はらはらと散っています。夕日が美
    しく見える岡の上では。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。18781942
    堺女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」
    の花形となる。

出典・・歌集「恋衣」。



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2016年10月26日

・おく露に たわむ枝だに あるものを いかでかをらん 宿の秋萩


***************** 名歌鑑賞 ****************


おく露に たわむ枝だに あるものを いかでかをらん
宿の秋萩
                  橘則長

(おくつゆに たわむえだだに あるものを いかでか
 おらん やどのあきはぎ)

詞書・・我が家の萩を人が分けてほしいと請いましたので
    詠んだ歌。

意味・・置く露によって撓(たわ)む枝さえ痛ましく思うの
    に、我が家の秋萩をどうして折れましょうか。
    折れません(差し上げることは出来ませんので、
    あしからず)。

    見事に咲いた萩の花。人から評価されるのは嬉し
    い。それで萩の一枝にこの歌をつけて贈ったのか
    もしれない。

作者・・橘則長=たちばなののりなが。生没年未詳。越中
    守従五位。清少納言の子供。

出典・・後拾遺和歌集・301。



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2016年10月25日

・まつはただ 意志あるのみの 今日なれど 眼つぶればまぶたの重し


***************** 名歌鑑賞 ****************


まつはただ 意志あるのみの 今日なれど 眼つぶれば
まぶたの重し
                    窪田空穂

(まつはただ いしあるのみの きようなれど まなこ
 つぶれば まぶたのおもし)

意味・・今日のところ、ただ残されているのは、死にた
    くないという自らの意志だけだか、それもおぼ
    つかなくなり、眼をつぶればそのまま眠ってし
    まいそうになる程、気力がなくなってきた。

    91才で亡くなる数日前に詠んだ歌です。
    頑張る意志があるが、もう駄目だと歌っている
    のでなく、力を振り絞って詠み、なおかつ生き
    続けたいという気持ちです。

 注・・まつは=死にたくないと待つのは。

作者・・窪田空穂=くぼたうつほ。1877~1967。早稲
    田大学卒。早稲田大学教授。

出典・・岩田正著「短歌のたのしさ」。



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2016年10月24日

・ジャージーの 汗滲む ボール横抱きに 吾駆けぬけよ 吾の男よ


***************** 名歌鑑賞 *****************


ジャージーの 汗滲む ボール横抱きに 吾駆けぬけよ
吾の男よ
                   佐々木幸綱

(ジャージーの あせにじむ ボールよこだきに われ
 かけぬけよ われのおとこよ)

意味・・ジャージーを汗でぐしょ濡れにして燃え上って
    いるなんだ。それで何としてでも、ラグビー
    のボールを横抱きにしながら、この場を駆け抜
    けるのだ。男らしい男の見せ場として。
    
    ラグビーの試合でボールをしっかり持ちながら、
    相手のタックルを外しながら懸命に疾走してい
    る状態です。

作者・・佐々木幸綱=ささきゆきつな。1938~ 。早稲
    田大学卒。早稲田大学教授。

出典・・群黎(ぐんれい)(岩田正著「短歌のたのしさ」)



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2016年10月23日

・梨棗 黍に粟つぎ 延ふ葛の 後も逢はむと 葵花咲く


**************** 名歌鑑賞 ****************


梨棗 黍に粟つぎ 延ふ葛の 後も逢はむと
葵花咲く
              詠み人知らず
         
(なしなつめ きみにあわつぎ はうくずの のちも
 あわんと あういはなさく)

意味・・梨・棗・黍(きび)・粟と次々に実のっても、私は
    早々に離れた君と今は逢えないけれど、延び続け
    る葛のように後には逢えるよ、葵の花が咲く頃に
    は。
    植物六種の取り合せと掛詞の面白さを詠んでいる。

 注・・梨棗=字音の等しい「離・早(りそう)」を掛ける。
    黍(きみ)に粟つぎ=「君に逢わず」を掛ける。
    延(は)ふ葛=「後は逢はむ」の枕詞。
    葵(あふひ)=アオイ科の草。「逢う日」を掛ける。

出典・・万葉集・3834。



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2016年10月22日

・地つき唄ほがらかな朝の群衆なり


**************** 名歌鑑賞 ***************


地つき唄ほがらかな朝の群衆なり
                    山頭火

(ちつきうた ほがらかなあさの ぐんしゅうなり)

意味・・地つき歌を唄いながら、朗らかに仕事をしてい
    る朝の人たちを見ると、ああして朗らかに働け
    たらなあと思うのだ。

    この句を詠んだ頃の山頭火は酒造業をしていて、
    店番やセールスをして働いていた。気力が無い
    ためかすぐにくたびれてしまう。くたびれると
    酒を飲むという状態を送っていた。そんな時に
    力仕事をしている人達を見て、自分もあのよう
    に一生懸命働けたらいいなあ、という思いを詠
    んでいます。

作者・・山頭火=さんとうか。種田山頭火。1882~19
    40。荻原井泉水に師事。「層雲」に出句。母と
    弟の自殺、家業の酒造業の失敗など不幸が重な
    る。禅僧として行乞流転の旅を送る。

出典・・金子兜太著「放浪行乞・山頭火百二十句」。



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2016年10月21日

・ありし日は ゆきなれにし 道なるを 行きまよひたり この焼野原


*************** 名歌鑑賞 ****************


ありし日は ゆきなれにし 道なるを 行きまよひたり
この焼野原
                  岡野直七郎

(ありしひは ゆきなれにし みちなるお ゆきまよい
 たり このやけのはら)

意味・・昔は行き来になれた道だったのに、今は焼野原
    となって道を行き迷ってしまった。

    大正十二年九月一日の関東大震災を詠んだ歌で
    す。昼時に近かったので火災が起り、東京は三
    昼夜燃え続けたという。そして全東京の七割が
    焼野原になった。当時の東京の人口二百二十六
    万人に対して家屋全壊一万戸、焼失二十七万戸、
    死者六万五千人、行方不明者三万五千人の被害
    が出た。

作者・・岡野直七郎=おかのなおしちろう。1896~19
    86。東大法学部卒。尾上柴舟の「水甕」に加わ
    る。大正・昭和の歌人。

出典・・歌集「谷川」(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)



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2016年10月20日

・草むらの 虫の声より くれそめて 真砂の上ぞ 月になりぬる


**************** 名歌鑑賞 ****************


草むらの 虫の声より くれそめて 真砂の上ぞ
月になりぬる
                 光厳院

(くさむらの むしのこえより くれそめて まさごの
 うえぞ つきになりぬる)

意味・・草むらの虫が鳴きはじめると、その頃から暮れ
    はじめ、今すっかり日が暮れた庭の砂の上には
    月の光が満ちている。

    涼しく鳴く虫の音と澄んだ月の光に、爽(さわ)
    やかさを感じています。

 注・・真砂=細かい砂、白州。

作者・・光厳院=こうごういん。1313~1364。北朝第
    一代の天皇。風雅和歌集の撰に自らもあたたっ
    た。

出典・・風雅和歌集。



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2016年10月19日

・吹き飛ばす石は浅間の野分かな


************** 名歌鑑賞 ***************


吹き飛ばす石は浅間の野分かな
                    芭蕉

(ふきとばす いしはあさまの のわきかな)

意味・・浅間のふもとを行くと、折から激しい野分の
    ために、浅間山の小石までが吹き飛ばされて
    いる。さすがに浅間山の野分はすさまじいこ
    とだ。

    強風で砂や小石が吹き飛ばされ、眼も開けら
    れない状況です。
    
 注・・野分=秋から冬にかけて吹く強い風。台風や
     暴風など。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1675。

出典・・更科紀行。



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2016年10月18日

・信濃なる 千曲の川の さざれ石も 君し踏みてば 玉と拾はむ


*************** 名歌鑑賞 **************


信濃なる 千曲の川の さざれ石も 君し踏みてば
玉と拾はむ
                 詠み人知らず

(しなのなる ちくまのかわの さざれしも きみし
 ふみてば たまとひろわん)

意味・・信濃を流れる千曲川の小石も、愛しいあなた
    が踏んだ石なら、玉と思って拾いましょう。

    恋人を偲ぶよすがとなるものなら、何でも愛
    しく思う気持ちを詠んでいます。

 注・・さざれ石=細石。小石。

出典・・万葉集・3400。



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2016年10月17日

・こころみに ほかの月をも みてしがな わが宿からの あはれなるかと


**************** 名歌鑑賞 ***************


こころみに ほかの月をも みてしがな わが宿からの
あはれなるかと
                   花山院
             
(こころみに ほかのつきをも みてしがな わがやど
 からの あわれなるかと)

意味・・ためしに他所の月を見てみたいものだ。見る
    場所がこの家ゆえの素晴らしさなのかどうか
    と。

    見る人の状態、すなわち自分の気持ちや立場、  
    場所などが最良の時に素晴らしい月が見られ
    るのです。

 注・・あはれ=喜楽・悲哀などの感動を表す語。
     すてきだ、悲しい、気の毒だ。

作者・・花山院=かざんいん。968~1008。65代天
皇。
    退位後出家。

出典・・詞歌和歌集・300。



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2016年10月16日

・われらかって 魚なりし頃 かたらひし 藻の陰に似る ゆふぐれ来たる


***************** 名歌鑑賞 ******************


われらかって 魚なりし頃 かたらひし 藻の陰に似る
ゆふぐれ来たる
                   水原紫苑

(われらかって うおなりしころ かたらいし ものかげに
 にる ゆうぐれきたる)

意味・・そういえば、私たちが魚であったあの頃、ゆらゆら
    揺れる藻の陰に憩いながら、語りあったわねえ。今
    日の夕暮れって、あの感じに似ているような気がす
    るんだけど。

    進化の樹木をさかのぼってゆくと、生命の歴史は海
    から始まる。我ら人間は、脊椎動物の先端にいるわ
    けだが、その根っこのところに魚族がいる。そして
    作者はこうつぶやくのだ。あなたと私は、ヒトがヒ
    トのかたちとなるずっと以前から、こうして寄り添
    いあっていた・・ということを、とくに肩に力の入
    った様子もなく、さりげなく言っている。二人の運
    命的な結びつきだと語っている。

作者・・水原紫苑=みずはらしおん。1959~ 。早稲田大学
    文学部卒。「中部短歌会」所属。

出典・・俵万智著「あなたと読む恋の歌百首」。



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2016年10月15日

・ダイナモの 重き唸りの ここちよさよ あはれこのごとく 物を言はまし


***************** 名歌鑑賞 ***************


ダイナモの 重き唸りの ここちよさよ あはれこのごとく
物を言はまし
                   石川啄木

(ダイナモのおもきうなりの ここちよさ あわれ
 このごとく ものをいわまし)

意味・・発電機の豪快な唸りのなんと快いことか。ああ、
    自分もこのように物を言いたいものである。

    発電機の重厚な力強さに共鳴し、自分もそのよ
    うに力強く生きて行きたいと詠んでいます。

 注・・ダイナモ=発電機。
    あはれ=喜楽・悲哀などの感動を表す語。ああ。
    まし=現実に存在しないことを仮定し、また期
     待する語。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886191226
              歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事する
      ために上京。

出典・・一握の砂。



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2016年10月14日

・玉ならば 手にも巻かむを うつせみの 世の人なれば 手に巻きかたし


**************** 名歌鑑賞 *****************


玉ならば 手にも巻かむを うつせみの 世の人なれば
手に巻きかたし
                   坂上大嬢

(たまならば てにもまかんを うつせみの よの
 ひとなれば てにまきかたし)

意味・・わたし、あなたが玉だったらいいのに、っていつも
    思うの。そしたら、腕輪にして肌身はなさず手に巻
    いておけるのに。でも、あなたは玉なんかじゃなく
    て、この世の人ですもの。無理な話よね。

    大伴家持に贈った歌です。

 注・・うつせみ=この世に生きている人、この世、現世。

作者・・坂上大嬢=生没年未詳。大伴旅人の異母妹。

出典・・万葉集・729。



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2016年10月13日

・くろかみも ながかれとのみ かきなでし など玉のをの みじかかりけむ


************** 名歌鑑賞 ***************


くろかみも ながかれとのみ かきなでし など玉のをの
みじかかりけむ
                    木下長嘯子

(くろかみも ながかれとのみ かきなでし など
 たまのおの みじかかりけん)

意味・・黒髪も長くなれとばかり愛撫してやった娘
    の命は、どうして短かったのだろう。

    娘を亡くした親の嘆きを歌っています。

 注・・のみ=限定する意を表す、・・だけ。強調
     する意を表す。
    玉のをの=玉の緒。短きの枕詞。命、生命。
    なぞ=何故。なぜ、どして。

作者・・木下長嘯子=きのしたちょうしょうし。15
    69~1649。秀吉の近臣。小浜城主。

出典・・小学館「近世和歌集」。



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2016年10月12日

・秋の雨 降りてやまねば 庭苔に 土のおちつく 秋は来にけり


**************** 名歌鑑賞 ***************


秋の雨 降りてやまねば 庭苔に 土のおちつく 
秋は来にけり
                岡 麓

(あきのあめ ふりてやまねば にわごけに つちの
 おちつく あきはきにけり)

意味・・秋の雨が降り続いて、庭の苔は繁殖して地表を
    被(おお)い、しっとりとした庭土に秋の風情が
    感じて来る。

    近くのお寺の庭が思い出されます。

作者・・岡 麓=おかふもと。1877~1951。正岡子規
    に師事。日本芸術家会員。

出典・・歌集「庭苔」(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)



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2016年10月11日

・更けにけり 山の端近く 月冴えて 十市の里に 衣打つ声


****************** 名歌鑑賞 *****************


更けにけり 山の端近く 月冴えて 十市の里に
衣打つ声
                 式子内親王

(ふけにけり やまのはちかく つきさえて とおちの
 さとに ころもうつこえ)

意味・・夜が更けてしまったことだ。山の端近くに月の光が
    冷たく澄み、遠い十市の里で衣を打つ音が聞こえる。

    山の端の冴えた月の光と、遥かな十市の里の砧(き
    ぬた)の音とで、夜更けに気がついた。その情景(砧
    を打つ女性の夜なべ作業)にしみじみした思いと哀
    感を詠んでいます。

 注・・山の端=山の上部で空と接する部分。
    十市(とおち)=奈良県橿原(かしはら)にある十市町。
    「遠・とお」を掛けている。
    衣打つ=衣を柔らかくしたり光沢を出すため、木槌
     で布を打つ(砧・きぬた)のこと。女性の夜なべ作業
     であった。

作者・・式子内親王=しょくしないしんのう。1201年没。後
    白河上皇の第二皇女。高倉宮斎宮。

出典・・新古今和歌集・485。



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2016年10月10日

・さくら花 かつ散る今日の 夕ぐれを 幾世の底より 鐘の鳴りくる


***************** 名歌鑑賞 ****************


さくら花 かつ散る今日の 夕ぐれを 幾世の底より
鐘の鳴りくる
                  明石海人

(さくらばな かつちるきょうの ゆうぐれを いくよの
 そこより かねのなりくる)

意味・・さくらの花がはらはらと散り急ぐ春の夕暮れ、時を
    知らせる鐘の音に耳を澄ませば、走馬燈のように、
    美しい思い出が甦(よみがえ)って来る。

    ハンセン病のために、作者の視力は無くなり、五官
    のうち聴力しか残っていない日々死と隣り合わせの
    苦悩の中で詠んだ歌です。花びらのかすかな擦れ
    う音を感じて詠んでいます。
    どうしてこんな明るい歌が詠めるのだろうか。

    病苦の中、歌集「白描」を出版しますが、その前書
    に次の言葉が書かれています。
    「深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ
    何処にも(希望の)光はない」

 注・・かつ散る=花が散りその上また散る。
    幾世=多くの年月。
    底=心の底、真底。ここでは思い出の底よりの意。

作者・・明石海人=あかしかいじん。19011939。昭和3年
    ハンセン病と診断され岡山県の長島愛生園で療養生活
    を送る。盲目になり喉に吸気官を付けながらの闘病の
    中、歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。



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2016年10月09日

・ゆっくりと 浮力をつけて ゆく凧に 龍の字が見ゆ 字は生きて見ゆ


****************** 名歌鑑賞 *****************


ゆっくりと 浮力をつけて ゆく凧に 龍の字が見ゆ
字は生きて見ゆ
                  岡井隆

(ゆっくりと ふりょくをつけて ゆくたこに りゅう
 のじがみゆ じはいきてみゆ)

意味・・ゆっくりと風に押し上げられて、スムーズに昇って
    いく凧に、くっきりと「龍」の字が見える。舞い上
    った凧の龍の字は生き生きとして見える。

    凧が中天に上がり、しかるべき場を得たことによっ
    て、はじめて「龍」の字が、確かなる己の存在を主
    張していると詠んだ歌です。「龍」を喩(たとえ)と
    して人間の生きる確かなる場、が詠まれています。

作者・・岡井隆=おかいたかし。1928~ 。慶応義塾大学
    医学部卒。医学博士。

出典・・歌集「鵞卵亭(がらんてい)」(桜楓社「現代名歌鑑
    賞事典」)



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2016年10月08日

・見し春も まがきの蝶の 夢にして いつしか菊に うつる花かな


***************** 名歌鑑賞 ****************


見し春も まがきの蝶の 夢にして いつしか菊に
うつる花かな
                 後水尾院

(みしはるも まがきのちょうの ゆめにして いつしか
 きくに うつるはなかな)

意味・・春、籬(まがき)に花が満ちていた光景を見たのは
    籬を飛ぶ蝶の夢であって、いつの間にか秋の終わ
    りの菊の花の季節となった。

    春咲いた花を見たのは夢であったかのように、今
    は菊の花が真っ盛りに咲いている季節となった。

 注・・菊にうつる=秋の終わりに咲く菊の季節になる。

作者・・後水尾院=ごみずのおいん。1596~1680。後陽
    成天皇の第三皇子。108代天皇。

出典・・御着到百首(小学館「中世和歌集」)



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2016年10月07日

・桐の葉も 踏み分けがたく なりにけり かならず人を 待つとなけれど


**************** 名歌鑑賞 ****************


桐の葉も 踏み分けがたく なりにけり かならず人を
待つとなけれど
                   式子内親王

(きりのはも ふみわけがたく なりにけり かならず
 ひとを まつとなけれど)

意味・・桐の落ち葉も、踏み分けにくいほど深く積もって
    しまったことだ。きっと来るに違いないと思って、
    人を待っているというのではないのだけれど。

    当時は一夫多妻制なので夫は妻の家に通っていた。
    妻は夫を待つ身です。
    深い諦めの底にある打ち消しがたい人恋しさが表
    れています。

作者・・式子内親王=しよくしないしんのう。1201年没。
    後白川上皇の第二皇女。高倉宮齋院。

出典・・新古今和歌集・534。



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2016年10月06日

・日は日なり わがさびしさは わがのなり 白昼なぎさの 砂山に立つ


*************** 名歌鑑賞 ***************


日は日なり わがさびしさは わがのなり 白昼なぎさの
砂山に立つ
                    若山牧水

(ひはひなり わがさびしさは わがのなり まひる
 なぎさの すなやまにたつ)

意味・・太陽は太陽,自分は自分、何のかかわりもなく、
    自分の味わっているこの寂寥(せきりょう)は
    どこまでも自分だけのものだ。そして人影の
    ない真昼の海岸の砂山に立って失意の果ての
    孤独を噛みしめている。

    若さに満ち溌剌として、希望に燃えていた少
    し前までの自分を思い浮かべ、恋愛にも仕事
    にも失敗し、希望も意欲もすっかり失ってし
    まった現在の自分のみじめな姿を詠んいます。
    
    牧水はこの苦悩を,旅をし酒を飲み歌を詠ん
    で克しています。

 注・・日は日=「日」は太陽。「自分は自分」を補
     って解釈。
    さびしさ=わびしさ。二人の女の子のいる女性
     との恋愛の失敗、文芸雑誌の創刊が資金難で
     失敗、思わしい就職口がない、などの苦悩。
    わがのなり=わがものなり。
    なぎさ=波打ち際。ここでは海岸ぐらいの意。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。18851928
       早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・大悟法利夫著「鑑賞 若山牧水の秀歌」。



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2016年10月05日

・ぬき足に虫の音わけてきく野かな


*************** 名歌鑑賞 ***************


ぬき足に虫の音わけてきく野かな
                    池西言水

(ぬきあしに むしのねわけて きくのかな)

意味・・野原一面に虫の音が聞こえる。せっかく鳴いて
    いる虫を、驚かせてしまってはいけないので、
    抜き足さし足で、そっと虫の声を分けるように
    野中に歩み入って、虫の声の中にひたるように
    聞いている。

    「虫の音わけて」というところに、虫の声に静
    かに身をひたす緊張感と満足感が表れている。

 注・・ぬき足=抜き足。足を静かに抜き出すように上
     げて歩くこと。足をそっとおろす意の差し足
     とともに、抜き足差し足という熟語として用
     いる。
    虫=秋の夜に鳴く種々の虫の総称。

作者・・池西言水=いけにしごんすい。1650~1722。

出典・・句集「夏木立」(小学館「近世俳文俳句集」)



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2016年10月04日

・幼子の 玩具の電話 雨ふれる 夜に聴けば しきりに 蝸牛を呼べり


***************** 名歌鑑賞 *****************


幼子の 玩具の電話 雨ふれる 夜に聴けば しきりに
蝸牛を呼べり
                     大野誠夫

(おさなごの がんぐのでんわ あめふれる よるに
 きけば しきりにかたつむりを よべり)

意味・・幼子が雨の降っている夜に、玩具の電話で遊ん
    でいる。父親である私が聞いていると、彼は「
    もしもし、かたつむりさんですか」などと、し
    きりにその電話で蝸牛を呼んでいる。

作者・・大野誠夫=おおののぶお。1914~1984。昭和
    時代の歌人。

出典・・歌集「胡桃の枝の下」(桜楓社「現代名歌鑑賞
    事典」)



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2016年10月03日

・見るままに 露ぞこぼるる おくれにし 心もしらぬ なでしこの花


*************** 名歌鑑賞 **************


見るままに 露ぞこぼるる おくれにし 心もしらぬ
なでしこの花
                   上東門院

(みるままに つゅぞこぼれる おくれにし こころも
 しらぬ なでしこのはな)

詞書・・(夫である)一条院がお亡くなりになって後、
    撫子の花のありましたのを、(我が子の)後
    一条院が当時幼少でいらして、無心に撫子
    の花を弄(もてあそ)んでいましたので、詠
    みました歌。

意味・・いとしい我が子の姿を見るにつけても涙が、
    こぼれます。父に死に分かれた悲しい心も
    知らないで、無心に撫子の花を手に持って
    いる愛(いと)しい我が子よ。

 注・・見るままに=いとしい我が子の姿を見るに
     つけて。「我が子」が省略されている。
    露ぞこぼるる=撫子に置いた露と、涙の露
     を掛けている。
    おくれ=生き残る、先立たれる。
    おくれにし心もしらぬ=父に死に別れた悲
     しい心も分からぬ。
    なでしこの花=撫子。花の名と「撫でし子」
     を掛けている。ここでは幼少の後一条院を
     さす。

作者・・上東門院=じょうともんいん。988~1074。
    一条天皇中宮彰子。藤原道長の娘。出家後
    上東門院と呼ばれる。後一条の母。紫式部・
    和泉式部・相模らが仕えた。

出典・・後拾遺和歌集・569。



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2016年10月02日

・奥山に 紅葉踏みけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき


**************** 名歌鑑賞 ****************


奥山に 紅葉踏みけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ
秋は悲しき
               詠人知らず

(おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきく
 ときぞ あきはかなしけれ)

意味・・深い山の奥にいて、紅葉の吹き散っている山路を
    歩いていると、鹿の鳴く声が聞こえてくる。秋の
    悲しさがひとしお身にしみるのは、こんな時なの
    だ。

    秋は収穫の時節なので喜ぶべき季節なのだが、古
    今集以降の歌では悲哀の季節として詠まれている。
    それは、秋を生命が衰え滅びる時節ととらえ、そ
    れに自らの人生の時間を重ね、人間存在のはかな
    さを意識する時「秋は悲し」の季節感覚が生まれ
    てくるのであろう。

 注・・鳴く鹿の=秋に雄鹿は雌鹿を求めて鳴くとされ、
     そこに遠く離れた妻や恋人を恋慕する心情を重
     ねている。
    声聞く時ぞ=秋を悲しく感じる時は他にも色々あ
     るけれど、鹿の声を聞くその時がとりわけ。
    秋は=「は」は他と区別してとりたてていうのに
     用いる。他の季節はともかく秋は。

出典・・古今和歌集・215、百人一首・5。



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2016年10月01日

・いつかふたりに なるためのひとり やがてひとりに なるためのふたり


**************** 名歌鑑賞 ****************


いつかふたりに なるためのひとり やがてひとりに
なるためのふたり
                 浅井和代

(いつか二人に なるための一人 やがて一人に なる
 ための二人)

意味・・今、自分が一人でいるということ。それは、どんな
    人とも二人になることが出来る可能性を秘めた状態
    なのだ。そして今、自分が二人でいるとしら、それ
    はやがてくる別れを含んだ状態である。人の心も生
    命も永遠ではないのだから・・。

    一人は二人に、そして二人は一人に・・。
    希望は絶望を含み、絶望は希望へと繋(つな)がり、
    幸福は不幸を含み、不幸は幸福へと繋がる。人生
    において対立するかのように見えるものは、実は
    同じことの表と裏なのだ・・・。表記の歌はそん
    なふうに捉えることもできる。

作者・・浅井和代=あさいかずよ。1960~ 。奈良県生ま
    れ。「新短歌」所属。

出典・・歌集「春の隣」(俵万智著「あなたと読む恋の歌百
    首」)



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