2017年01月

2017年01月31日

・枯菊になほ愛憎や紅と黄と


*************** 名歌鑑賞 ****************


枯菊になほ愛憎や紅と黄と
                 久保より江

(かれぎくに なおあいぞうや あかときと)

意味・・枯れ菊は花を落さずに、紅色や黄色が残った
    残骸としてさらしている。それは盛時が華や
    かなだけ、いっそう哀れさをそそる。

    「枯菊」をじっと見ながら来し方の青春を思い
    出し、また現実は年を取り容色を失いながら、
    なお捨てきれない女心を詠んでいます。

 注・・愛憎=愛することと憎むこと。ここでは、美し
     さと汚さ、華やかさと哀れさの対比。この
     言葉により自分の気持ちを覗かせている。

作者・・久保より江=くぼよりえ。1884~1941。高浜
     虚子に師事。

出典・・村上護「今朝の一句」。



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2017年01月30日

・あだなりと あだにはいかが 定むらん 人の心を 人は知るやは


*************** 名歌鑑賞 ***************


あだなりと あだにはいかが 定むらん 人の心を
人は知るやは
                   大中臣能宣 

(あだなりと あだにはいかが さだむらん ひとの
 こころを ひとはしるやわ)

意味・・私に誠意がないと、いい加減にも、あなたは
    どうして決めつけたのだろうか。一体、人の
    心中を、外側から他人が見て分る事が出来よ
    うか、分るはずはない。

    意味を違えた同語の反復使用に趣向があり
    ます。   

 注・・あだ=誠実でない、いいかげんだ。
    人の心=ここでは、作者の人柄。
    人=ここでは、相手の女性。
    やは=反語の意を表す。・・であろうか、
     いや・・ではない。

作者・・大中臣能宣=おおなかとみのよしのぶ。
    921~991。伊勢神宮祭主。

出典・・拾遺和歌集・1213。



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2017年01月29日

・入門は 凍てわらじ履き 永平寺


************** 名歌鑑賞 *************


入門は 凍てわらじ履き 永平寺   
                  倉橋羊村

(にゅうもんは いてわらじはき えいへいじ)

意味・・永平寺は修業の厳しさで知られています。
    入門するには、凍てわらじを履き厳しさを
    味わってその覚悟をするということです。

    修業の目標は「私は坊主です、俗世の事は
    何も気にしません、耳障りな言葉も気にな
    りません」、「吾・唯・知・足」など。

作者・・倉橋羊村=くらはしようそん。1931~ 。
    青山学院卒。俳人。水原秋櫻子に師事。
    


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2017年01月28日

・灯ちらちら 疱瘡小屋の 吹雪かな

  
***************** 名歌鑑賞 *****************


灯ちらちら 疱瘡小屋の 吹雪かな    
                  一茶

(ひちらちら ほうそうごやの ふぶきかな)

意味・・降りしきる吹雪の中で、病舎の灯がちらちら
     とまたたいている。

     長崎郊外に設けられた大村藩の人里離れた
     隔離病舎を詠んだ句です。
     病舎といっても人に忌(い)まれる天然痘患者
     を収容した粗末な小屋なのです。

     人に忌み嫌われる病気、治るのかどうか不安
     の中、そして寒さに寂しさ。この逆境の中で
     必死になって生きている患者を念頭に詠んで
     います。

 注・・疱瘡(ほうそう)=天然痘のこと。法定伝染病
     の一つで、高熱・発疹(ほっしん)を生じあば
           たを残す。

出典・・寛政句帖(小学館「近世俳句俳文集」)


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2017年01月27日

・さりともと 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる 秋の暮れかな


*************** 名歌鑑賞 ***************


さりともと 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる
秋の暮れかな

                藤原俊成

(さりともと おもうこころも むしのねも よわり
 はてぬる あきのくれかな)

意味・・今まではそうであっても、これからは何とか
    なるだろうと思う心も、そして虫の音も、す
    っかり弱々しくなってしまった秋の暮れです。

    出世が遅れている不遇感の中から、今までは
    不運でもこれからは良い事もあろうと期待す
    る気持ちも、晩秋の虫の音も、衰えてしまっ
    たと、重ね合わせて歎いています。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~12
    04。正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」
    の撰者。

出典・・千載和歌集・333。



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2017年01月26日

・みづあさぎ さやかに朝の 海晴れて こころあかるし 君来る日は


**************** 名歌鑑賞 ****************


みづあさぎ さやかに朝の 海晴れて こころあかるし
君来る日は
                  西村酔香 

(みずあさぎ さやかにあさの うみはれて こころ
 あかるし きみきたるひは)

意味・・一夜明けると、昨夜とうって変わって晴天。
    今朝の空は、靄(もや
)一つなく、うす青色に
    すっきり晴れ渡り海は朝日にきらきらと輝き
    ながら、どこまでも広がっている。そのさわ
    やかな自然のごとく、我が心も明るくはずん
    でいる。恋しいあなたが逢いにやって来てく
    れる今日という日は・・・。

    恋人に逢える喜びを詠んだ歌です。

 注・・みづあさぎ=水浅黄。薄黄味かかった水色。

作者・・西村酔香=にしむらせいか。生没年未詳。詩
    人。

出典・・新万葉集・巻六。



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2017年01月25日

・魚ひとつ 油に揚げて 吾はをり とこしへに一人 住む如くして


***************** 名歌鑑賞 ****************


魚ひとつ 油に揚げて 吾はをり とこしへに一人
住む如くして
                河野愛子 

(うおひとつ あぶらにあげて われはおり とこしえに
 ひとり すむごとくして)

意味・・魚を一匹、油に揚げて自分はここにいる。永久に
    このまま一人だけで住んでいくかのように、いま
    こうして食事を用意している。

    昭和30年、結核療養中の時に詠んだ歌です。長引
    く療養生活に不安を感じながら、早く病気のめど
    がつき、自由の身になりたい気持ちを詠んでいま
    す。

作者・・河野愛子=こうのあいこ。1922~1989。広島女
    学院卒。「アララギ」に入会。

出典・・歌集「草の翳(かげ)りに」(東京堂出版「現代短歌
    鑑賞事典」)



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2017年01月24日

・いなと言へど 語れ語れと 宣らせこそ 志斐いは申せ 強ひ語りと言ふ


**************** 名歌鑑賞 ****************


いなと言へど 語れ語れと 宣らせこそ 志斐いは申せ
強ひ語りと言ふ
                   志斐嫗 

(いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいは
 もうせ しいかたりという)

意味・・もう疲れたから止めましょうと申し上げたのは、
    いつも私の方でした。もっと聞かせて聞かせてと
    強いたのはお嬢様の方ではなかったですか。そこ
    で、やむなくお話を続けることになったのです。
    それを志斐の婆の無理強い語りなどとおっしゃい
    ます。

    持統天皇が次の歌を詠んだのに対して応えた歌で
    す。
   「いなと言へど強ふる志斐のが 強ひ語りこのころ
    聞かずて我れ恋ひにけり」  (意味は下記参照)

 注・・宣(の)らせ=おっしゃる。
    志斐=語り部の職業を持っていて、持統天皇の
     少女時代のお守り役の年長の女性。当時はまだ
     文字の普及が不十分なため、語り部が昔の出来
     事を記憶していて話を語り伝えていた。
    志斐い=「い」は強調の語。
    強ひ=「志斐」を掛ける。

作者・・志斐嫗=しいのおうな。持統天皇の教育係りの
     年長の語り部。

出典・・万葉集・237。

参考歌です。

いなと言えど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞か
ずて 我れ恋ひにけり      
                    持統天皇

(いなといえど しうるしいのが しいかたり このころ
 きかずて われこいにけり)

意味・・「もうたくさん」というのに聞かそうとする、
    志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく
    聞かないでいると、私は恋しく思われる。

    側近の老婆をからかった歌です。

 注・・志斐の=側近の老婆の名前。「の」は親愛を
        表わす。
    強ひ=志斐を掛ける。

出典・・万葉集・236。



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2017年01月23日

・夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて ことごとく白し


**************** 名歌鑑賞 ***************


夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて
ことごとく白し             
                  明石海人
 
(よなよなを ゆめにいりくる はなぞのの はなさわに
 ありて ことごとくしろし)

意味・・花園の夢を毎夜見るこの頃だか、その花園には
    色々の花が沢山咲いている。でもその花には色
    は無くことごとく白一色だ。

    癩病を患っている作者は失明が近づいている。
    その時期に詠んだ歌です。

 注・・さはに=多はに。たくさん。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
    沼津商業卒。会社勤めの後、癩病になり長島
    愛生園に入り、生涯ここで過ごす。失明した
    後咽喉を切開し喉で呼吸をする。その後歌集
    「白描」を出版。

出典・・荒波力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。



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2017年01月22日

・天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて懸けたり 夜道はよけむ


*************** 名歌鑑賞 ***************


天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて懸けたり
夜道はよけむ    
                間人大浦

(あまのはら ふりさけみれば しろまゆみ はりて
 かけたり よみちはよけん)

意味・・大空を見上げれば、白い月が白木の弓を
    張ったように空にかかっている。この分
    だと夜道は明るく歩きやすいだろう。

    夕方から夜にかけて道を急ぐ人の心を詠
    んだ歌です。

 注・・白真弓=檀(まゆみ)の木の枝で作った弓。月
     を弦で張った弓にたとえる。上弦の月で夕
     方から右半分が輝いて見える。

作者・・間人大浦=はしひとのおおうら。伝未詳。

出典・・万葉集・289。



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2017年01月21日

・神風の 伊勢の国にも あらましを 何しか来けむ 君もあらなくに


**************** 名歌鑑賞 ***************


神風の 伊勢の国にも あらましを 何しか来けむ
君もあらなくに
                                   大伯皇女

(かみかぜの いせのくににも あらましを なにしか
 きけん きみもあらなくに)

詞書・・大津皇子の薨(こう)ぜし後に、大伯皇女、伊勢の
    斎宮より京に上るときに作らす歌。

    伊勢の国にそのままとどまっていれば良かったも
    のを、何のために京に帰って来たのだろうか。あ
    なたがいらっしやらないのに。

    天武天皇の崩御によって斎宮の任が解けて京に帰
    って来たが、すでに大津皇子が亡くなっていた。

 注・・神風の=伊勢の枕詞。
    君=弟の大津皇子。
    あらなくに=生きていないのに。
    大津皇子=663~586。天武天皇第三子。謀反の
     罪で刑死。
    薨(こう)ぜし=身分の高い人が死ぬこと。
    斎宮=伊勢神社に仕える未婚の内親王または女王。
     天皇の即位ごとに選任されま解かれた。

作者・・大伯皇女=おおくのひめみこ。661~701。大津
    皇子の姉。14才から26才まで斎宮の任を務めた。

出典・・万葉集・163。



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2017年01月20日

・ぬばたまの 夜霧のたちて おぼぼしく 照れる月夜の 見れば悲しさ


***************** 名歌鑑賞 ***************


ぬばたまの 夜霧のたちて おぼぼしく 照れる月夜の
見れば悲しさ
                   大伴坂上郎女

(ぬばたまの よぎりのたちて おぼぼしく てれる 
 つきよの みればかなしさ)

意味・・夜霧が立ち込めているので、おぼろに照っている
    月を見ていると、悲しいことです。

    なぜ悲しいのでしょうか。
    作者はいとこの安倍虫麻呂と語り合っています。
    虫麻呂が「夜が更けて来たのに月が中々出てくれ
    ませんね、雨が降るのかな」と歌います(万葉集・
    980)。すると郎女が「ほらほら、ようやくお月さ
    んが出てまいりましたよ。 でも霧が深いのでおぼ
    ろに見えますね。こんな夜は何となく物悲しくな
    りますわ」 と優雅に応えたものです。

 注・・ぬばたまの=「夜」の枕詞。
    おぼぼしく=おぼろに、ぼんやりと。
    安倍虫麻呂=あべのむしまろ。752年没。坂上郎
     女とはいとこ。

作者・・大伴坂上郎女=おおとものさかのうえのいらつめ。
    生没年未詳。大伴旅人の異母妹。

出典・・万葉集・982。



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2017年01月19日

・あしびきの 山川の瀬の 響るなへに 弓月が岳に 雲立渡る



あしびきの 山川の瀬の 響るなへに 弓月が岳に
雲立渡る
                  柿本人麻呂

(あしびきの やまかわのせの なるなえに ゆづきが
 たけに くもたちわたる)

意味・・山川の瀬音が高く響くとともに、弓月が岳には
    雲が湧き上がっている。

 注・・あしひきの=山の枕詞。
    弓月岳=奈良県桜井市にある山。
    なへに=・・とともに、・・につれて。
 
作者・・柿本人麻呂かきのもとひとまろ。生没未
    詳。奈良遷都(710)頃の人。舎人(とねり・
    官の名称)として草壁皇子、高市皇子に仕え
    た。

出典・・万葉集・1088。



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2017年01月18日

・さゆる日の しぐれの後の 夕山に うす雪降りて 雲ぞ晴れゆく


**************** 名歌鑑賞 ***************


さゆる日の しぐれの後の 夕山に うす雪降りて
雲ぞ晴れゆく
                 京極為兼

(さゆるひの しぐれのあとの ゆうやまに うすゆき
 ふりて くもぞはれゆく)

意味・・冷え込んだ一日の、時雨が止んだ後の夕暮れの
    山にはうっすらと雪が降り、それまでおおって
    いた雲が次第に晴れてゆくことだ。

    雨が止んだ後は雲も無くなり、青空が見え、山
    は薄雪に覆われてうっすらと白くなっている、
    そんな清澄(せいちよう)感を詠んでいます。

 注・・さゆる=冴ゆる。冷える。

作者・・京極為兼=きょうごくためかね。1254~1332。
    伏見院に仕える。玉葉和歌集を撰集。

出典・・玉葉和歌集。



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2017年01月17日

・世の中が 急に自分の まはりから 離れたやうに 思はれるとき


***************** 名歌鑑賞 ****************


世の中が 急に自分の まはりから 離れたやうに
思はれるとき
                 西村陽吉 

(よのなかが きゅうにじぶんの まわりから はなれた
 ように おもわれるとき)

意味・・自分の方から、世の中を逃避して来たわけでは
    ないのに、突然自分の周囲から、社会の方が遠
    ざかっていってしまったように思われる。この
    孤独な寂しさよ。

    谷村志穂の小説「3センチヒールの靴」の一節
    を参考にして下さい。(下記参照)

作者・・西村陽吉=にしむらようきち。1892~1959。
    錦華小学校卒。東雲堂書店を経営。

出典・・歌集「晴れた日」(東京堂出版「現代短歌鑑賞
    事典」)

参考です。

谷村 志穂 「3センチヒールの靴」の一節。

三十代になって気付いたのは、どんな喜びにも共有で
きる相手がいないと寂しいということだった。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

成長するにしたがって、人はそれぞれの道を歩んでいくよう
になる。

進学にしろ、就職にしろ、結婚にしろ、自分の描いた未来図
へ向かって一歩一歩進んでいく。

それは、心理的にも行動的にも「みんなと一緒」とか「群れ
ていればいい」という状況から抜け出して、それぞれに独立
していくということでもある。

そして、そうなればなるほど、自分の価値観や趣味を共有す
る人を自分で見付けなくてはならなくなる。

それがうまくできないと、社会のなかで孤立したり、漠然と
した孤独感にさいなまれるようになったりする。

かつては、向こうから友達や「仲間」がやって来たのに、自
立すればするほど、こちらから行動を起こさないと「世界」
を共有できる相手がなかなか見つからない。

そうなると、心の中を隙間風が吹き抜けていったりもする。

そんな時自分を癒やしてくれるのは、寂しさであれ喜びで
あれ、それを共有できる相手で、そういう相手がいれば、
一人暮らしの生活でも心をなごませられるのだ。



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2017年01月16日

・草枯れの 冬までみよと 露霜の をきてのこせる 白菊の花


**************** 名歌鑑賞 **************


草枯れの 冬までみよと 露霜の をきてのこせる
白菊の花
                曽禰好忠 

(くさがれの ふゆまでみよと つゆしもの おきて
 のこせる しらぎくのはな)

意味・・草枯れして花も咲かない冬になったので、花を
    見よといって、露も霜も取り除いて花を残して
    白菊が咲いている。美しいことだ。

 注・・をきて=措きて。除く、のける。「置きて」で
     はない。
    露霜=露も霜も草木を紅葉させ枯らすもの。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。1000
    年前後に活躍した人。中古三十六歌仙の一人

出典・・詞花和歌集・129。



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2017年01月15日

・ひとのいふ 富は思はず 世の中に いとかくばかり やつれずもがな


**************** 名歌鑑賞 ***************


ひとのいふ 富は思はず 世の中に いとかくばかり 
やつれずもがな
                  木下幸文 

(ひとのいう とみはおもわず よのなかに いと
 かくばかり やつれずもがな)

意味・・世間の人が問題にしている富の事は私は考えて
    いない。しかし、この世に生きていくうえには
    こんなにみすぼらしい生活ではなく世間並みに
    暮らしたいものだ。

    歌人としての喜びを生き甲斐にしているので、
    富については問題にしていない。
    もっとも人並に富は得られないのだが。

 注・・やつれ=やつれる、みすぼらしくなる。

作者・・木下幸文=きのしたたかぶみ。1779~1821。
    香川景樹に師事。

出典・・歌集「亮々遺稿・さやさやいこう」。



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2017年01月14日

・昨日より 今日は悲しく 聞えけり 明日また如何に 入相の鐘


*************** 名歌鑑賞 ****************


昨日より 今日は悲しく 聞えけり 明日また如何に
入相の鐘
                 落合直文

(きのうより きょうはかなしく きこえけり あす
 またいかに いりあいのかね)

意味・・夕暮れ時の鐘の響きをいつも心寂しく聞いて
    いる。その音は昨日より今日のほうがより悲
    しげに聞こえる。明日は又どのように悲しく
    聞こえるのであろうか。

    42歳で亡くなる一年前に療養所で詠んだ歌で
    す。体力が日に日に弱っている時に聞く入相
    の鐘は、諸行無常の響きがあり、聞くと寂し
    さ、心細さ、不安感がつのって来る、と詠ん
    だ歌です。
    健康者が聞く入相の鐘は心鎮まるものですが。

 注・・入相の鐘=夕暮れ時に寺で撞(つ)く鐘の音。
     無常(万物はたえず変化すること・生あるも
     のは必ず死ぬということ)の響きがあるとさ
     れている。

作者・・落合直文=おちあいなおふみ。1861~1903。
    東大古典科中退。「孝女白菊の歌」が有名。

出典・・落合直文集(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)



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2017年01月13日

・白寿まで一陽来復舞ひ行かな


************** 名歌鑑賞 **************


白寿まで一陽来復舞ひ行かな
                 武原はん女

(はくじゅまで いちようらいふく まいゆかな)

意味・・一陽来復は冬至のこと。今日は太陽が最も
    遠ざかり、昼間の時間が最も短い日だ。
    けれど明日からはまた日が長くなる。人生
    もまたそんなもので、明暗苦楽の繰り返し
    だが、九十九歳の白寿まで私は舞台で舞い
    踊りたい。

    92歳を越えて詠んだ決意の俳句です。

 注・・一陽来復=陰暦の11月または冬至のこと。
     冬が去って春が来ること。不運が続いた
     後、ようやく運が開けること。

作者・・武原はん女=たけはらはんじょ。1903~
    1998。大阪芸妓学校卒。地唄舞の名手。
    高浜虚子に師事。

出典・・村上護著「今朝の一句」。



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2017年01月12日

・今日も事なし凩に酒量るのみ


**************** 名歌鑑賞 ****************


今日も事なし凩に酒量るのみ
                  山頭火

(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)

意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
    聞きながら、静かに酒を量っている。

    なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
    この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
    ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
    今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
    らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
    平々凡々の一日であった。

    ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
    に「幸福」な状態かを詠んだ句です。    
    ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
    リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
    経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
    てほしい、と・・。

 注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
     ので、酒を量って売るの意。

作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田
    正一。大地主の家に生れる。酒造業を継ぐ。父
    が放蕩して母が投身自殺。その後、種田家は破
    産。1925年出家して行乞流転。

出典・・金子兜太著「放浪行乞 山頭火120句」。



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2017年01月11日

・天地は あまりにひろし あめつちは あまりに寂し ひとりあるには


**************** 名歌鑑賞 ****************


天地は あまりにひろし あめつちは あまりに寂し
ひとりあるには 
                  杉本寛一

(あめつちは あまりにもひろし あめつちは あまりに
 さびし ひとりあるには)

意味・・この天地はあまりにも広すぎる。また、あまり
    にも寂しすぎるのだ。自分だけ、たった一人で
    生きているのには。

    独り身の孤独な心を詠んでおり、孤独の体験を
    味わった者のみが、真の愛の暖かさを知りうる
    のだ、と。

    我が家の両隣四軒と、道を挟んだ前の四軒を眺
    めてみると、八軒のうち六軒が高齢者の独り身
    であると改めて知り驚いた。この人たちも孤独
    の寂しさを感じ、愛の暖かさを待っているのだ
    ろうと、思った。

 注・・ある=生きている、健在である。

作者・・杉本寛一=すぎもとけんいち。1888~1959。
    明治から昭和期の歌人。若山牧水に師事。

出典・・新万葉集。



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2017年01月10日

・窓近く 吾友とみる くれ竹に 色そえて鳴く 鶯の声


**************** 名歌鑑賞 ****************


窓近く 吾友とみる くれ竹に 色そえて鳴く
鶯の声
               後西天皇

(まどちかく わがともとみる くれたけに いろそえて
 なく うぐいすのこえ)

意味・・窓近くに生えて、我が友として見ている呉竹。
    その呉竹の色に音色という色をそえて、鶯が
    鳴いている。

    青々として真っ直ぐに伸びる呉竹は私の好み
    であり、見ていて心地がよい。その上に鶯が
    来て鳴いている。何と佳き日なんだろう。

    宮廷歌人の稽古会の歌です。この歌に対して
    後水尾院は次のように批評しています。
    悪くはないけれども、普通の内容である。少
    し変わった趣向だけれど大したことはない。

作者・・後西天皇=ごさいてんのう。1637~1689。
    大111代天皇。

出典・・万治御点(小学館「近世和歌集」)



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2017年01月09日

・酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に 降る雪を見る


**************** 名歌鑑賞 *****************

酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に 
降る雪を見る
                井上和真

(らくのうを していたころを おもいつつ ぎゅうしゃ
 あとちに ふるゆきをみる)

意味・・家業が酪農経営であった頃、私は手伝って、牛
    を外に出したり、餌をやったり、牛舎の掃除を
    していた。今は廃業となり、牛舎は取り壊され
    ている。今、その跡に雪が降り出した。そして
    昔が懐かしく思い出されて来る。寒い時の作業
    が思い出されて来る。

    どうして「酪農」を止めたのか。不況のためか、
    両親の病気のためか、もしかしたら作者が跡を
    継がなかったためかも知れないが、作者はその
    止めた理由を言っていないのだから、止めた理
    由に感慨があるのではなく、止めたこと自体を
    今思っているのである。

作者・・井上和真=いのうえかずま。`94年当時北海道
    稚内商工高校二年生。

出典・・東洋大学「現代学生百人一首」。



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2017年01月08日

・やがて死が 堰き隔てむに 忘失の 刻あり人は 生きて別るる


**************** 名歌鑑賞 ****************


やがて死が 堰き隔てむに 忘失の 刻あり人は
生きて別るる
                 稲葉京子

(やがてしが せきへだてんに ぼうしつの ときあり
 ひとは いきてわかるる)

意味・・どんなに愛しあっていても、二人は必ず別れの
    時が来る。それが死という別れ。(ならばせめて、
    その時まで、愛を大切に出来ないだろうか)。
        だが、現実には、どちらかの死によって終わり
    迎える恋愛というのは、そう多くはない。心変
    わりや倦怠や行き違いから、人はみずから別れ
    の場面を作りだしてしまう。そしていつか、互
    いの存在は忘却の彼方に行ってしまう。

    あわてなくたって、死という決定的な別れが、
    いつかはやって来る。なのに人はなぜか、別れ
    を急ぐように、せっかくの出会いを終わらせて
    しまう、そういうものだ、と。
    
作者・・稲葉京子=いなばきょうこ。1933~2016。
    愛知県立尾北高校卒。童話を書く。

出典・・俵万智著「あなたと読む恋の歌百首」。
 


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2017年01月07日

・置くとみし 露もありけり はかなくて 消えにし人を 何にたとへむ


**************** 名歌鑑賞 ****************


置くとみし 露もありけり はかなくて 消えにし人を
何にたとへむ
                   和泉式部

(おくとみし つゆもありけり はかなくて きえにし
 ひとを なににたとえん)

意味・・唐衣(からぎぬ)の織り模様の萩に、置いていた
    露も、このように消えずにとどまっています。
    これよりもはかなく消え去った娘を、何に譬え
    ましょう。

    この歌が詠まれた時の事情です。
    娘の小式部内侍の没後のことで、母と娘が共に
    奉仕した上東門院章子から、小式部が生前着用
    していた唐衣はどうしたかと尋ねられた。その
    布を冥福を祈願するために書写した経巻の表紙
    にしようというためであった。唐衣は衣装の礼
    装の上衣で、露を置いた萩を模様として織って
    いたのを、上東院は忘れずにいられ、求められ
    たのである。その時、和泉式部は唐衣に結び付
    て贈ったのがこの歌です。

    最もはかない露でさえも留まり残っているのに、
    それよりもはかなくて死んだ娘は何に譬えれば
    いいのでしょうかと。

 注・・露=露はすぐに消えるのではかない物に譬えら
     れる。
    小式部内侍=こしきぶのないし。和泉式部の娘。
     母と同じく上東院章子に仕える。20歳代で没。
    上東門院章子=藤原道長の娘。一条天皇の中宮
     章子(しょうし)。
   
出典・・新古今和歌集・775。



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2017年01月06日

・捨て果てんと 思ふさへこそ かなしけれ 君に馴れにし 我が身と思へば


**************** 名歌鑑賞 **************


捨て果てんと 思ふさへこそ かなしけれ 君に馴れにし
我が身と思へば
                    和泉式部

(すてはてんと おもうさえこそ かなしけれ きみに
 なれにし わがみとおもえば)

詞書・・敦道(あつみち)親王と死別した頃、尼になろと
    思って詠んだ歌。

意味・・世を捨てて尼になってしまおうと思う事までが
    さらに悲しい。亡き君に馴れ親しんだ我が身と
    思うので。

    敦道親王の没後、和泉式部が尼になろうと思っ
    た時の歌です。しかし、そう思うことまでが、
    新しい悲しみを重ねる事になると思ったのです。
    
    世をはかなく感じ、また、亡き人の供養にと思
    ったのですが、しかし、恋人を偲ぶと「形見と
    しての我が身」であり、深く愛されていた自分
    は、自分を大切にしなくてはならないと思い返
    す気持ちになったのです。そして、強く生きな
    いと悲しみが湧いて来ると・・。

 注・・捨て果てん=世を捨てて尼になってしまおうと。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、9
    77頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親
    王に仕える。

出典・・後拾遺和歌集・574。



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2017年01月05日

・ともかくも 言はばなべてに なりぬべし 音に泣きてこそ見せまほしけれ


***************** 名歌鑑賞 *****************


ともかくも 言はばなべてに なりぬべし 音に泣きてこそ
見せまほしけれ
                    和泉式部

(ともかくも いわばなべてに なりぬべし ねに
 なきてこそ みせまおしけれ)

詞書・・歎く事ありと聞きて、人の「如何なることぞ」と
    問ひたるに。

意味・・あれこれと言葉に出して言えば、ありふれたもの
    になってしまうでしょう。お目にかかって、声を
    立てて泣いて、あなたにお見せしたいのです。

    和泉式部が悲しみ事をしていると、人伝てに聞い
    て見舞いの手紙をくれた返事の歌です。

    心の細かいことは言葉ではとうてい十分に言いう
    るものではなく、言葉にして見ると、つまらない
    何でもないことになってしまう。しかし、内容は
    そのようなものではなく、悲しみや歎きそのもの
    は、声を立てて泣くことによって知ってもらう事
    で、それ以外には伝えることが出来ない・・。

 注・・なべてに=並べて。一通りに、並みに。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、977
    頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親王に仕
    える。

出典・・和泉式部集。



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2017年01月04日

・酒飲まん 友どちもがな しくしくに 雪の降る夜は さびしきものを


**************** 名歌鑑賞 ***************


酒飲まん 友どちもがな しくしくに 雪の降る夜は
さびしきものを
                  和田厳足

(さけのまん ともどちもがな しくしくに ゆきの
 ふるよは さびしきものを)

意味・・酒を飲む友達が欲しいものだなあ、雪が降り
    しきる夜は寂しいものだ。

    雪が降る夜は静かなものである。しいんと静
    かで冷え冷えとしている。寂しさが感じさせ
    られる。こんな時は熱い酒を飲みつつ語らう
    友がいたらなあ。

 注・・もがな=他への希望を表す。・・があったら
     なあ。
    しくしくに=頻く頻くに。しきりに。

作者・・和田厳足=わだいずたり。1787~1859。
    熊本藩士。度々無実の罪を被り不遇な生活を
    送った。

出典・・和田厳足家集(東京堂出版「和歌鑑賞事典)



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2017年01月03日

・雪散るや おどけもいへぬ 信濃空


*************** 名歌鑑賞 ***************


雪散るや おどけもいへぬ 信濃空
                   一茶

(ゆきちるや おどけもいえぬ しなのそら)

意味・・雪がちらちらと降って来た。江戸あたりだと
    雪を見て冗談の一つも言えるのだが、信濃の
    空ではそれどころではない。やがて大変な雪
    になるのだ。

    雪国の大雪の恐ろしさを捉(とら)えています。

 注・・雪散る=雪が降る事をいう。
    信濃=長野県。

作者・・一茶=小林一茶。17631827。信濃(長野)
    柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母
    と不和のため、15歳で江戸に出る。亡父
    の遺産をめぐる継母と義弟の抗争が長く
    続き51歳の時に解決し、52歳で結婚した。

出典・・おらが春。



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2017年01月02日

・新しき 年の初めに 豊の年 しるすとならし 雪の降れるは


**************** 名歌鑑賞 **************


新しき 年の初めに 豊の年 しるすとならし
雪の降れるは
              葛井連諸会 

(あたらしき としのはじめに とよのとし しるすと
 ならし ゆきのふれるは)

意味・・新年早々に、めでたい今年の豊作の前触れと
    思われます。こんなに雪が降り積もっている
    のは。

    正月の大雪は豊作の前兆とされていた。

 注・・豊の年=豊年。
    しるす=証す。目印、前兆。

作者・・葛井連諸会=ふじいのむらじもろあい。生没年
     未詳。747年相模守になる。

出典・・万葉集・3925。



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2017年01月01日

・新しき 年の始めに かくしこそ 千年をかねて たのしきを積め


**************** 名歌鑑賞 ***************


新しき 年の始めに かくしこそ 千年をかねて
たのしきを積め
                詠み人しらず 

(あたらしき としのはじめに かくしこそ ちとせを
 かねて たのしきをつめ)

詞書・・大直日(おおなおび)の歌。

意味・・おめでたい年の初めに当たり、このように一同
    が集まって千年も先の繁栄を心に描いて、楽し
    い事を山のように積み重ねよう。

 注・・大直日の歌=大直日の神を祭る歌。大直日神は
     いっさいの凶事・悪事を転じて吉事とする力
     を持っている神・繁栄の神様。ここでは神事
     の後で行われる宴会の歌。
    かくしこそ=このようにして。ここでは神事の
     後で皆が集まって行う宴会。
    かねて=予ねて。前もって将来の事を心配する、
     予想・予言する。ここでは楽しい事・将来の
     繁栄の予想。

出典・・古今和歌集・1069。



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