2017年01月
2017年01月31日
・枯菊になほ愛憎や紅と黄と
*************** 名歌鑑賞 ****************
枯菊になほ愛憎や紅と黄と
久保より江
(かれぎくに なおあいぞうや あかときと)
意味・・枯れ菊は花を落さずに、紅色や黄色が残った
残骸としてさらしている。それは盛時が華や
かなだけ、いっそう哀れさをそそる。
「枯菊」をじっと見ながら来し方の青春を思い
出し、また現実は年を取り容色を失いながら、
なお捨てきれない女心を詠んでいます。
注・・愛憎=愛することと憎むこと。ここでは、美し
さと汚さ、華やかさと哀れさの対比。この
言葉により自分の気持ちを覗かせている。
作者・・久保より江=くぼよりえ。1884~1941。高浜
虚子に師事。
出典・・村上護「今朝の一句」。
久保より江
(かれぎくに なおあいぞうや あかときと)
意味・・枯れ菊は花を落さずに、紅色や黄色が残った
残骸としてさらしている。それは盛時が華や
かなだけ、いっそう哀れさをそそる。
「枯菊」をじっと見ながら来し方の青春を思い
出し、また現実は年を取り容色を失いながら、
なお捨てきれない女心を詠んでいます。
注・・愛憎=愛することと憎むこと。ここでは、美し
さと汚さ、華やかさと哀れさの対比。この
言葉により自分の気持ちを覗かせている。
作者・・久保より江=くぼよりえ。1884~1941。高浜
虚子に師事。
出典・・村上護「今朝の一句」。
2017年01月30日
・あだなりと あだにはいかが 定むらん 人の心を 人は知るやは
*************** 名歌鑑賞 ***************
あだなりと あだにはいかが 定むらん 人の心を
人は知るやは
大中臣能宣
(あだなりと あだにはいかが さだむらん ひとの
こころを ひとはしるやわ)
意味・・私に誠意がないと、いい加減にも、あなたは
どうして決めつけたのだろうか。一体、人の
心中を、外側から他人が見て分る事が出来よ
うか、分るはずはない。
意味を違えた同語の反復使用に趣向があり
人は知るやは
大中臣能宣
(あだなりと あだにはいかが さだむらん ひとの
こころを ひとはしるやわ)
意味・・私に誠意がないと、いい加減にも、あなたは
どうして決めつけたのだろうか。一体、人の
心中を、外側から他人が見て分る事が出来よ
うか、分るはずはない。
意味を違えた同語の反復使用に趣向があり
ます。
注・・あだ=誠実でない、いいかげんだ。
人の心=ここでは、作者の人柄。
人=ここでは、相手の女性。
やは=反語の意を表す。・・であろうか、
注・・あだ=誠実でない、いいかげんだ。
人の心=ここでは、作者の人柄。
人=ここでは、相手の女性。
やは=反語の意を表す。・・であろうか、
いや・・ではない。
作者・・大中臣能宣=おおなかとみのよしのぶ。
作者・・大中臣能宣=おおなかとみのよしのぶ。
921~991。伊勢神宮祭主。
出典・・拾遺和歌集・1213。
2017年01月29日
2017年01月28日
・灯ちらちら 疱瘡小屋の 吹雪かな
***************** 名歌鑑賞 *****************
灯ちらちら 疱瘡小屋の 吹雪かな
一茶
(ひちらちら ほうそうごやの ふぶきかな) 意味・・降りしきる吹雪の中で、病舎の灯がちらちら とまたたいている。 長崎郊外に設けられた大村藩の人里離れた
隔離病舎を詠んだ句です。 病舎といっても人に忌(い)まれる天然痘患者 を収容した粗末な小屋なのです。 人に忌み嫌われる病気、治るのかどうか不安 の中、そして寒さに寂しさ。この逆境の中で 必死になって生きている患者を念頭に詠んで います。 注・・疱瘡(ほうそう)=天然痘のこと。法定伝染病 の一つで、高熱・発疹(ほっしん)を生じあば たを残す。
出典・・寛政句帖(小学館「近世俳句俳文集」) |
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2017年01月27日
・さりともと 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる 秋の暮れかな
*************** 名歌鑑賞 ***************
さりともと 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる
秋の暮れかな
藤原俊成
(さりともと おもうこころも むしのねも よわり
はてぬる あきのくれかな)
意味・・今まではそうであっても、これからは何とか
なるだろうと思う心も、そして虫の音も、す
っかり弱々しくなってしまった秋の暮れです。
出世が遅れている不遇感の中から、今までは
不運でもこれからは良い事もあろうと期待す
る気持ちも、晩秋の虫の音も、衰えてしまっ
たと、重ね合わせて歎いています。
作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~12
04。正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」
の撰者。
出典・・千載和歌集・333。
2017年01月26日
・みづあさぎ さやかに朝の 海晴れて こころあかるし 君来る日は
**************** 名歌鑑賞 ****************
みづあさぎ さやかに朝の 海晴れて こころあかるし
君来る日は
西村酔香
(みずあさぎ さやかにあさの うみはれて こころ
あかるし きみきたるひは)
意味・・一夜明けると、昨夜とうって変わって晴天。
今朝の空は、靄(もや)一つなく、うす青色に
君来る日は
西村酔香
(みずあさぎ さやかにあさの うみはれて こころ
あかるし きみきたるひは)
意味・・一夜明けると、昨夜とうって変わって晴天。
今朝の空は、靄(もや)一つなく、うす青色に
すっきり晴れ渡り海は朝日にきらきらと輝き
ながら、どこまでも広がっている。そのさわ
やかな自然のごとく、我が心も明るくはずん
でいる。恋しいあなたが逢いにやって来てく
れる今日という日は・・・。
恋人に逢える喜びを詠んだ歌です。
注・・みづあさぎ=水浅黄。薄黄味かかった水色。
作者・・西村酔香=にしむらせいか。生没年未詳。詩
恋人に逢える喜びを詠んだ歌です。
注・・みづあさぎ=水浅黄。薄黄味かかった水色。
作者・・西村酔香=にしむらせいか。生没年未詳。詩
人。
出典・・新万葉集・巻六。
2017年01月25日
・魚ひとつ 油に揚げて 吾はをり とこしへに一人 住む如くして
***************** 名歌鑑賞 ****************
魚ひとつ 油に揚げて 吾はをり とこしへに一人
住む如くして
河野愛子
(うおひとつ あぶらにあげて われはおり とこしえに
ひとり すむごとくして)
意味・・魚を一匹、油に揚げて自分はここにいる。永久に
このまま一人だけで住んでいくかのように、いま
こうして食事を用意している。
昭和30年、結核療養中の時に詠んだ歌です。長引
く療養生活に不安を感じながら、早く病気のめど
がつき、自由の身になりたい気持ちを詠んでいま
す。
作者・・河野愛子=こうのあいこ。1922~1989。広島女
住む如くして
河野愛子
(うおひとつ あぶらにあげて われはおり とこしえに
ひとり すむごとくして)
意味・・魚を一匹、油に揚げて自分はここにいる。永久に
このまま一人だけで住んでいくかのように、いま
こうして食事を用意している。
昭和30年、結核療養中の時に詠んだ歌です。長引
く療養生活に不安を感じながら、早く病気のめど
がつき、自由の身になりたい気持ちを詠んでいま
す。
作者・・河野愛子=こうのあいこ。1922~1989。広島女
学院卒。「アララギ」に入会。
出典・・歌集「草の翳(かげ)りに」(東京堂出版「現代短歌
鑑賞事典」)
2017年01月24日
・いなと言へど 語れ語れと 宣らせこそ 志斐いは申せ 強ひ語りと言ふ
**************** 名歌鑑賞 ****************
いなと言へど 語れ語れと 宣らせこそ 志斐いは申せ
強ひ語りと言ふ
志斐嫗
(いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいは
もうせ しいかたりという)
意味・・もう疲れたから止めましょうと申し上げたのは、
いつも私の方でした。もっと聞かせて聞かせてと
強いたのはお嬢様の方ではなかったですか。そこ
で、やむなくお話を続けることになったのです。
それを志斐の婆の無理強い語りなどとおっしゃい
ます。
持統天皇が次の歌を詠んだのに対して応えた歌で
す。
「いなと言へど強ふる志斐のが 強ひ語りこのころ
聞かずて我れ恋ひにけり」 (意味は下記参照)
注・・宣(の)らせ=おっしゃる。
志斐=語り部の職業を持っていて、持統天皇の
少女時代のお守り役の年長の女性。当時はまだ
文字の普及が不十分なため、語り部が昔の出来
事を記憶していて話を語り伝えていた。
志斐い=「い」は強調の語。
強ひ=「志斐」を掛ける。
作者・・志斐嫗=しいのおうな。持統天皇の教育係りの
年長の語り部。
強ひ語りと言ふ
志斐嫗
(いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいは
もうせ しいかたりという)
意味・・もう疲れたから止めましょうと申し上げたのは、
いつも私の方でした。もっと聞かせて聞かせてと
強いたのはお嬢様の方ではなかったですか。そこ
で、やむなくお話を続けることになったのです。
それを志斐の婆の無理強い語りなどとおっしゃい
ます。
持統天皇が次の歌を詠んだのに対して応えた歌で
す。
「いなと言へど強ふる志斐のが 強ひ語りこのころ
聞かずて我れ恋ひにけり」 (意味は下記参照)
注・・宣(の)らせ=おっしゃる。
志斐=語り部の職業を持っていて、持統天皇の
少女時代のお守り役の年長の女性。当時はまだ
文字の普及が不十分なため、語り部が昔の出来
事を記憶していて話を語り伝えていた。
志斐い=「い」は強調の語。
強ひ=「志斐」を掛ける。
作者・・志斐嫗=しいのおうな。持統天皇の教育係りの
年長の語り部。
出典・・万葉集・237。
参考歌です。
いなと言えど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞か
ずて 我れ恋ひにけり
持統天皇
(いなといえど しうるしいのが しいかたり このころ
きかずて われこいにけり)
意味・・「もうたくさん」というのに聞かそうとする、
志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく
聞かないでいると、私は恋しく思われる。
側近の老婆をからかった歌です。
注・・志斐の=側近の老婆の名前。「の」は親愛を
表わす。
強ひ=志斐を掛ける。
参考歌です。
いなと言えど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞か
ずて 我れ恋ひにけり
持統天皇
(いなといえど しうるしいのが しいかたり このころ
きかずて われこいにけり)
意味・・「もうたくさん」というのに聞かそうとする、
志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく
聞かないでいると、私は恋しく思われる。
側近の老婆をからかった歌です。
注・・志斐の=側近の老婆の名前。「の」は親愛を
表わす。
強ひ=志斐を掛ける。
出典・・万葉集・236。
2017年01月23日
・夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて ことごとく白し
**************** 名歌鑑賞 ***************
夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて
ことごとく白し
明石海人
(よなよなを ゆめにいりくる はなぞのの はなさわに
ありて ことごとくしろし)
意味・・花園の夢を毎夜見るこの頃だか、その花園には
ことごとく白し
明石海人
(よなよなを ゆめにいりくる はなぞのの はなさわに
ありて ことごとくしろし)
意味・・花園の夢を毎夜見るこの頃だか、その花園には
色々の花が沢山咲いている。でもその花には色
は無くことごとく白一色だ。
癩病を患っている作者は失明が近づいている。
癩病を患っている作者は失明が近づいている。
その時期に詠んだ歌です。
注・・さはに=多はに。たくさん。
作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
注・・さはに=多はに。たくさん。
作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
沼津商業卒。会社勤めの後、癩病になり長島
愛生園に入り、生涯ここで過ごす。失明した
後咽喉を切開し喉で呼吸をする。その後歌集
「白描」を出版。
出典・・荒波力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。
出典・・荒波力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。
2017年01月22日
・天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて懸けたり 夜道はよけむ
*************** 名歌鑑賞 ***************
天の原 振り放け見れば 白真弓 張りて懸けたり
夜道はよけむ
夜道はよけむ
間人大浦
(あまのはら ふりさけみれば しろまゆみ はりて
かけたり よみちはよけん)
意味・・大空を見上げれば、白い月が白木の弓を
張ったように空にかかっている。この分
(あまのはら ふりさけみれば しろまゆみ はりて
かけたり よみちはよけん)
意味・・大空を見上げれば、白い月が白木の弓を
張ったように空にかかっている。この分
だと夜道は明るく歩きやすいだろう。
夕方から夜にかけて道を急ぐ人の心を詠
夕方から夜にかけて道を急ぐ人の心を詠
んだ歌です。
注・・白真弓=檀(まゆみ)の木の枝で作った弓。月
注・・白真弓=檀(まゆみ)の木の枝で作った弓。月
を弦で張った弓にたとえる。上弦の月で夕
方から右半分が輝いて見える。
作者・・間人大浦=はしひとのおおうら。伝未詳。
出典・・万葉集・289。
2017年01月21日
・神風の 伊勢の国にも あらましを 何しか来けむ 君もあらなくに
**************** 名歌鑑賞 ***************
神風の 伊勢の国にも あらましを 何しか来けむ
君もあらなくに
大伯皇女
(かみかぜの いせのくににも あらましを なにしか
きけん きみもあらなくに)
詞書・・大津皇子の薨(こう)ぜし後に、大伯皇女、伊勢の
斎宮より京に上るときに作らす歌。
伊勢の国にそのままとどまっていれば良かったも
のを、何のために京に帰って来たのだろうか。あ
なたがいらっしやらないのに。
天武天皇の崩御によって斎宮の任が解けて京に帰
って来たが、すでに大津皇子が亡くなっていた。
注・・神風の=伊勢の枕詞。
君=弟の大津皇子。
あらなくに=生きていないのに。
大津皇子=663~586。天武天皇第三子。謀反の
罪で刑死。
薨(こう)ぜし=身分の高い人が死ぬこと。
斎宮=伊勢神社に仕える未婚の内親王または女王。
天皇の即位ごとに選任されま解かれた。
作者・・大伯皇女=おおくのひめみこ。661~701。大津
皇子の姉。14才から26才まで斎宮の任を務めた。
出典・・万葉集・163。
2017年01月20日
・ぬばたまの 夜霧のたちて おぼぼしく 照れる月夜の 見れば悲しさ
***************** 名歌鑑賞 ***************
ぬばたまの 夜霧のたちて おぼぼしく 照れる月夜の
見れば悲しさ
大伴坂上郎女
(ぬばたまの よぎりのたちて おぼぼしく てれる
つきよの みればかなしさ)
意味・・夜霧が立ち込めているので、おぼろに照っている
月を見ていると、悲しいことです。
なぜ悲しいのでしょうか。
作者はいとこの安倍虫麻呂と語り合っています。
虫麻呂が「夜が更けて来たのに月が中々出てくれ
ませんね、雨が降るのかな」と歌います(万葉集・
980)。すると郎女が「ほらほら、ようやくお月さ
んが出てまいりましたよ。 でも霧が深いのでおぼ
ろに見えますね。こんな夜は何となく物悲しくな
りますわ」 と優雅に応えたものです。
注・・ぬばたまの=「夜」の枕詞。
おぼぼしく=おぼろに、ぼんやりと。
安倍虫麻呂=あべのむしまろ。752年没。坂上郎
女とはいとこ。
作者・・大伴坂上郎女=おおとものさかのうえのいらつめ。
生没年未詳。大伴旅人の異母妹。
出典・・万葉集・982。
2017年01月19日
2017年01月18日
・さゆる日の しぐれの後の 夕山に うす雪降りて 雲ぞ晴れゆく
**************** 名歌鑑賞 ***************
さゆる日の しぐれの後の 夕山に うす雪降りて
雲ぞ晴れゆく
京極為兼
(さゆるひの しぐれのあとの ゆうやまに うすゆき
ふりて くもぞはれゆく)
意味・・冷え込んだ一日の、時雨が止んだ後の夕暮れの
山にはうっすらと雪が降り、それまでおおって
いた雲が次第に晴れてゆくことだ。
雨が止んだ後は雲も無くなり、青空が見え、山
は薄雪に覆われてうっすらと白くなっている、
そんな清澄(せいちよう)感を詠んでいます。
注・・さゆる=冴ゆる。冷える。
作者・・京極為兼=きょうごくためかね。1254~1332。
伏見院に仕える。玉葉和歌集を撰集。
出典・・玉葉和歌集。
2017年01月17日
・世の中が 急に自分の まはりから 離れたやうに 思はれるとき
***************** 名歌鑑賞 ****************
世の中が 急に自分の まはりから 離れたやうに
思はれるとき
西村陽吉
(よのなかが きゅうにじぶんの まわりから はなれた
ように おもわれるとき)
意味・・自分の方から、世の中を逃避して来たわけでは
ないのに、突然自分の周囲から、社会の方が遠
ざかっていってしまったように思われる。この
孤独な寂しさよ。
谷村志穂の小説「3センチヒールの靴」の一節
思はれるとき
西村陽吉
(よのなかが きゅうにじぶんの まわりから はなれた
ように おもわれるとき)
意味・・自分の方から、世の中を逃避して来たわけでは
ないのに、突然自分の周囲から、社会の方が遠
ざかっていってしまったように思われる。この
孤独な寂しさよ。
谷村志穂の小説「3センチヒールの靴」の一節
を参考にして下さい。(下記参照)
作者・・西村陽吉=にしむらようきち。1892~1959。
作者・・西村陽吉=にしむらようきち。1892~1959。
錦華小学校卒。東雲堂書店を経営。
出典・・歌集「晴れた日」(東京堂出版「現代短歌鑑賞
事典」)
参考です。
谷村 志穂 「3センチヒールの靴」の一節。
三十代になって気付いたのは、どんな喜びにも共有で
参考です。
谷村 志穂 「3センチヒールの靴」の一節。
三十代になって気付いたのは、どんな喜びにも共有で
きる相手がいないと寂しいということだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
成長するにしたがって、人はそれぞれの道を歩んでいくよう
になる。
進学にしろ、就職にしろ、結婚にしろ、自分の描いた未来図
へ向かって一歩一歩進んでいく。
それは、心理的にも行動的にも「みんなと一緒」とか「群れ
ていればいい」という状況から抜け出して、それぞれに独立
していくということでもある。
そして、そうなればなるほど、自分の価値観や趣味を共有す
る人を自分で見付けなくてはならなくなる。
それがうまくできないと、社会のなかで孤立したり、漠然と
した孤独感にさいなまれるようになったりする。
かつては、向こうから友達や「仲間」がやって来たのに、自
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
成長するにしたがって、人はそれぞれの道を歩んでいくよう
になる。
進学にしろ、就職にしろ、結婚にしろ、自分の描いた未来図
へ向かって一歩一歩進んでいく。
それは、心理的にも行動的にも「みんなと一緒」とか「群れ
ていればいい」という状況から抜け出して、それぞれに独立
していくということでもある。
そして、そうなればなるほど、自分の価値観や趣味を共有す
る人を自分で見付けなくてはならなくなる。
それがうまくできないと、社会のなかで孤立したり、漠然と
した孤独感にさいなまれるようになったりする。
かつては、向こうから友達や「仲間」がやって来たのに、自
立すればするほど、こちらから行動を起こさないと「世界」
を共有できる相手がなかなか見つからない。
そうなると、心の中を隙間風が吹き抜けていったりもする。
そんな時自分を癒やしてくれるのは、寂しさであれ喜びで
そうなると、心の中を隙間風が吹き抜けていったりもする。
そんな時自分を癒やしてくれるのは、寂しさであれ喜びで
あれ、それを共有できる相手で、そういう相手がいれば、
一人暮らしの生活でも心をなごませられるのだ。
2017年01月16日
・草枯れの 冬までみよと 露霜の をきてのこせる 白菊の花
**************** 名歌鑑賞 **************
草枯れの 冬までみよと 露霜の をきてのこせる
白菊の花
曽禰好忠
(くさがれの ふゆまでみよと つゆしもの おきて
のこせる しらぎくのはな)
意味・・草枯れして花も咲かない冬になったので、花を
見よといって、露も霜も取り除いて花を残して
白菊が咲いている。美しいことだ。
注・・をきて=措きて。除く、のける。「置きて」で
はない。
露霜=露も霜も草木を紅葉させ枯らすもの。
作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。1000
年前後に活躍した人。中古三十六歌仙の一人。
白菊の花
曽禰好忠
(くさがれの ふゆまでみよと つゆしもの おきて
のこせる しらぎくのはな)
意味・・草枯れして花も咲かない冬になったので、花を
見よといって、露も霜も取り除いて花を残して
白菊が咲いている。美しいことだ。
注・・をきて=措きて。除く、のける。「置きて」で
はない。
露霜=露も霜も草木を紅葉させ枯らすもの。
作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。1000
年前後に活躍した人。中古三十六歌仙の一人。
出典・・詞花和歌集・129。
2017年01月15日
・ひとのいふ 富は思はず 世の中に いとかくばかり やつれずもがな
**************** 名歌鑑賞 ***************
ひとのいふ 富は思はず 世の中に いとかくばかり
やつれずもがな
木下幸文
(ひとのいう とみはおもわず よのなかに いと
かくばかり やつれずもがな)
意味・・世間の人が問題にしている富の事は私は考えて
いない。しかし、この世に生きていくうえには
こんなにみすぼらしい生活ではなく世間並みに
暮らしたいものだ。
歌人としての喜びを生き甲斐にしているので、
富については問題にしていない。
もっとも人並に富は得られないのだが。
注・・やつれ=やつれる、みすぼらしくなる。
作者・・木下幸文=きのしたたかぶみ。1779~1821。
香川景樹に師事。
やつれずもがな
木下幸文
(ひとのいう とみはおもわず よのなかに いと
かくばかり やつれずもがな)
意味・・世間の人が問題にしている富の事は私は考えて
いない。しかし、この世に生きていくうえには
こんなにみすぼらしい生活ではなく世間並みに
暮らしたいものだ。
歌人としての喜びを生き甲斐にしているので、
富については問題にしていない。
もっとも人並に富は得られないのだが。
注・・やつれ=やつれる、みすぼらしくなる。
作者・・木下幸文=きのしたたかぶみ。1779~1821。
香川景樹に師事。
出典・・歌集「亮々遺稿・さやさやいこう」。
2017年01月14日
・昨日より 今日は悲しく 聞えけり 明日また如何に 入相の鐘
*************** 名歌鑑賞 ****************
昨日より 今日は悲しく 聞えけり 明日また如何に
入相の鐘
落合直文
(きのうより きょうはかなしく きこえけり あす
またいかに いりあいのかね)
意味・・夕暮れ時の鐘の響きをいつも心寂しく聞いて
いる。その音は昨日より今日のほうがより悲
しげに聞こえる。明日は又どのように悲しく
聞こえるのであろうか。
42歳で亡くなる一年前に療養所で詠んだ歌で
す。体力が日に日に弱っている時に聞く入相
の鐘は、諸行無常の響きがあり、聞くと寂し
さ、心細さ、不安感がつのって来る、と詠ん
だ歌です。
健康者が聞く入相の鐘は心鎮まるものですが。
注・・入相の鐘=夕暮れ時に寺で撞(つ)く鐘の音。
無常(万物はたえず変化すること・生あるも
のは必ず死ぬということ)の響きがあるとさ
れている。
作者・・落合直文=おちあいなおふみ。1861~1903。
東大古典科中退。「孝女白菊の歌」が有名。
東大古典科中退。「孝女白菊の歌」が有名。
出典・・落合直文集(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)
2017年01月13日
・白寿まで一陽来復舞ひ行かな
************** 名歌鑑賞 **************
白寿まで一陽来復舞ひ行かな
武原はん女
(はくじゅまで いちようらいふく まいゆかな)
意味・・一陽来復は冬至のこと。今日は太陽が最も
遠ざかり、昼間の時間が最も短い日だ。
けれど明日からはまた日が長くなる。人生
もまたそんなもので、明暗苦楽の繰り返し
だが、九十九歳の白寿まで私は舞台で舞い
踊りたい。
武原はん女
(はくじゅまで いちようらいふく まいゆかな)
意味・・一陽来復は冬至のこと。今日は太陽が最も
遠ざかり、昼間の時間が最も短い日だ。
けれど明日からはまた日が長くなる。人生
もまたそんなもので、明暗苦楽の繰り返し
だが、九十九歳の白寿まで私は舞台で舞い
踊りたい。
92歳を越えて詠んだ決意の俳句です。
注・・一陽来復=陰暦の11月または冬至のこと。
冬が去って春が来ること。不運が続いた
後、ようやく運が開けること。
作者・・武原はん女=たけはらはんじょ。1903~
1998。大阪芸妓学校卒。地唄舞の名手。
高浜虚子に師事。
出典・・村上護著「今朝の一句」。
出典・・村上護著「今朝の一句」。
2017年01月12日
・今日も事なし凩に酒量るのみ
**************** 名歌鑑賞 ****************
今日も事なし凩に酒量るのみ
山頭火
(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)
意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
聞きながら、静かに酒を量っている。
なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
平々凡々の一日であった。
ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
に「幸福」な状態かを詠んだ句です。
ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
てほしい、と・・。
注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
ので、酒を量って売るの意。
作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田
山頭火
(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)
意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
聞きながら、静かに酒を量っている。
なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
平々凡々の一日であった。
ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
に「幸福」な状態かを詠んだ句です。
ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
てほしい、と・・。
注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
ので、酒を量って売るの意。
作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田
正一。大地主の家に生れる。酒造業を継ぐ。父
が放蕩して母が投身自殺。その後、種田家は破
産。1925年出家して行乞流転。
出典・・金子兜太著「放浪行乞 山頭火120句」。
出典・・金子兜太著「放浪行乞 山頭火120句」。
2017年01月11日
・天地は あまりにひろし あめつちは あまりに寂し ひとりあるには
**************** 名歌鑑賞 ****************
天地は あまりにひろし あめつちは あまりに寂し
ひとりあるには
杉本寛一
(あめつちは あまりにもひろし あめつちは あまりに
さびし ひとりあるには)
意味・・この天地はあまりにも広すぎる。また、あまり
にも寂しすぎるのだ。自分だけ、たった一人で
生きているのには。
独り身の孤独な心を詠んでおり、孤独の体験を
味わった者のみが、真の愛の暖かさを知りうる
のだ、と。
我が家の両隣四軒と、道を挟んだ前の四軒を眺
めてみると、八軒のうち六軒が高齢者の独り身
であると改めて知り驚いた。この人たちも孤独
の寂しさを感じ、愛の暖かさを待っているのだ
ろうと、思った。
注・・ある=生きている、健在である。
作者・・杉本寛一=すぎもとけんいち。1888~1959。
明治から昭和期の歌人。若山牧水に師事。
出典・・新万葉集。
2017年01月10日
・窓近く 吾友とみる くれ竹に 色そえて鳴く 鶯の声
**************** 名歌鑑賞 ****************
窓近く 吾友とみる くれ竹に 色そえて鳴く
鶯の声
後西天皇
(まどちかく わがともとみる くれたけに いろそえて
なく うぐいすのこえ)
意味・・窓近くに生えて、我が友として見ている呉竹。
その呉竹の色に音色という色をそえて、鶯が
鳴いている。
青々として真っ直ぐに伸びる呉竹は私の好み
であり、見ていて心地がよい。その上に鶯が
来て鳴いている。何と佳き日なんだろう。
宮廷歌人の稽古会の歌です。この歌に対して
後水尾院は次のように批評しています。
悪くはないけれども、普通の内容である。少
し変わった趣向だけれど大したことはない。
作者・・後西天皇=ごさいてんのう。1637~1689。
大111代天皇。
出典・・万治御点(小学館「近世和歌集」)
2017年01月09日
・酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に 降る雪を見る
**************** 名歌鑑賞 *****************
酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に
降る雪を見る
井上和真
(らくのうを していたころを おもいつつ ぎゅうしゃ
あとちに ふるゆきをみる)
意味・・家業が酪農経営であった頃、私は手伝って、牛
を外に出したり、餌をやったり、牛舎の掃除を
していた。今は廃業となり、牛舎は取り壊され
ている。今、その跡に雪が降り出した。そして
昔が懐かしく思い出されて来る。寒い時の作業
が思い出されて来る。
どうして「酪農」を止めたのか。不況のためか、
両親の病気のためか、もしかしたら作者が跡を
継がなかったためかも知れないが、作者はその
止めた理由を言っていないのだから、止めた理
由に感慨があるのではなく、止めたこと自体を
今思っているのである。
作者・・井上和真=いのうえかずま。`94年当時北海道
稚内商工高校二年生。
出典・・東洋大学「現代学生百人一首」。
2017年01月08日
・やがて死が 堰き隔てむに 忘失の 刻あり人は 生きて別るる
**************** 名歌鑑賞 ****************
やがて死が 堰き隔てむに 忘失の 刻あり人は
生きて別るる
稲葉京子
(やがてしが せきへだてんに ぼうしつの ときあり
ひとは いきてわかるる)
意味・・どんなに愛しあっていても、二人は必ず別れの
時が来る。それが死という別れ。(ならばせめて、
その時まで、愛を大切に出来ないだろうか)。
だが、現実には、どちらかの死によって終わり
迎える恋愛というのは、そう多くはない。心変
わりや倦怠や行き違いから、人はみずから別れ
の場面を作りだしてしまう。そしていつか、互
いの存在は忘却の彼方に行ってしまう。
あわてなくたって、死という決定的な別れが、
いつかはやって来る。なのに人はなぜか、別れ
を急ぐように、せっかくの出会いを終わらせて
しまう、そういうものだ、と。
作者・・稲葉京子=いなばきょうこ。1933~2016。
愛知県立尾北高校卒。童話を書く。
出典・・俵万智著「あなたと読む恋の歌百首」。
2017年01月07日
・置くとみし 露もありけり はかなくて 消えにし人を 何にたとへむ
**************** 名歌鑑賞 ****************
置くとみし 露もありけり はかなくて 消えにし人を
何にたとへむ
和泉式部
(おくとみし つゆもありけり はかなくて きえにし
ひとを なににたとえん)
意味・・唐衣(からぎぬ)の織り模様の萩に、置いていた
露も、このように消えずにとどまっています。
これよりもはかなく消え去った娘を、何に譬え
ましょう。
この歌が詠まれた時の事情です。
娘の小式部内侍の没後のことで、母と娘が共に
奉仕した上東門院章子から、小式部が生前着用
していた唐衣はどうしたかと尋ねられた。その
布を冥福を祈願するために書写した経巻の表紙
にしようというためであった。唐衣は衣装の礼
装の上衣で、露を置いた萩を模様として織って
いたのを、上東院は忘れずにいられ、求められ
たのである。その時、和泉式部は唐衣に結び付
て贈ったのがこの歌です。
最もはかない露でさえも留まり残っているのに、
それよりもはかなくて死んだ娘は何に譬えれば
いいのでしょうかと。
注・・露=露はすぐに消えるのではかない物に譬えら
れる。
小式部内侍=こしきぶのないし。和泉式部の娘。
母と同じく上東院章子に仕える。20歳代で没。
上東門院章子=藤原道長の娘。一条天皇の中宮
章子(しょうし)。
出典・・新古今和歌集・775。
2017年01月06日
・捨て果てんと 思ふさへこそ かなしけれ 君に馴れにし 我が身と思へば
**************** 名歌鑑賞 **************
捨て果てんと 思ふさへこそ かなしけれ 君に馴れにし
我が身と思へば
和泉式部
(すてはてんと おもうさえこそ かなしけれ きみに
なれにし わがみとおもえば)
詞書・・敦道(あつみち)親王と死別した頃、尼になろと
思って詠んだ歌。
意味・・世を捨てて尼になってしまおうと思う事までが
さらに悲しい。亡き君に馴れ親しんだ我が身と
思うので。
敦道親王の没後、和泉式部が尼になろうと思っ
た時の歌です。しかし、そう思うことまでが、
新しい悲しみを重ねる事になると思ったのです。
世をはかなく感じ、また、亡き人の供養にと思
ったのですが、しかし、恋人を偲ぶと「形見と
しての我が身」であり、深く愛されていた自分
は、自分を大切にしなくてはならないと思い返
す気持ちになったのです。そして、強く生きな
いと悲しみが湧いて来ると・・。
注・・捨て果てん=世を捨てて尼になってしまおうと。
作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、9
77年頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親
王に仕える。
出典・・後拾遺和歌集・574。
2017年01月05日
・ともかくも 言はばなべてに なりぬべし 音に泣きてこそ見せまほしけれ
***************** 名歌鑑賞 *****************
ともかくも 言はばなべてに なりぬべし 音に泣きてこそ
見せまほしけれ
和泉式部
(ともかくも いわばなべてに なりぬべし ねに
なきてこそ みせまおしけれ)
詞書・・歎く事ありと聞きて、人の「如何なることぞ」と
問ひたるに。
意味・・あれこれと言葉に出して言えば、ありふれたもの
になってしまうでしょう。お目にかかって、声を
立てて泣いて、あなたにお見せしたいのです。
和泉式部が悲しみ事をしていると、人伝てに聞い
て見舞いの手紙をくれた返事の歌です。
心の細かいことは言葉ではとうてい十分に言いう
るものではなく、言葉にして見ると、つまらない
何でもないことになってしまう。しかし、内容は
そのようなものではなく、悲しみや歎きそのもの
は、声を立てて泣くことによって知ってもらう事
で、それ以外には伝えることが出来ない・・。
注・・なべてに=並べて。一通りに、並みに。
作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、977
年頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親王に仕
える。
出典・・和泉式部集。
2017年01月04日
・酒飲まん 友どちもがな しくしくに 雪の降る夜は さびしきものを
**************** 名歌鑑賞 ***************
酒飲まん 友どちもがな しくしくに 雪の降る夜は
さびしきものを
和田厳足
(さけのまん ともどちもがな しくしくに ゆきの
ふるよは さびしきものを)
意味・・酒を飲む友達が欲しいものだなあ、雪が降り
しきる夜は寂しいものだ。
雪が降る夜は静かなものである。しいんと静
かで冷え冷えとしている。寂しさが感じさせ
られる。こんな時は熱い酒を飲みつつ語らう
友がいたらなあ。
注・・もがな=他への希望を表す。・・があったら
なあ。
しくしくに=頻く頻くに。しきりに。
作者・・和田厳足=わだいずたり。1787~1859。
熊本藩士。度々無実の罪を被り不遇な生活を
送った。
出典・・和田厳足家集(東京堂出版「和歌鑑賞事典)
2017年01月03日
・雪散るや おどけもいへぬ 信濃空
*************** 名歌鑑賞 ***************
雪散るや おどけもいへぬ 信濃空
一茶
(ゆきちるや おどけもいえぬ しなのそら)
意味・・雪がちらちらと降って来た。江戸あたりだと
雪を見て冗談の一つも言えるのだが、信濃の
空ではそれどころではない。やがて大変な雪
になるのだ。
雪国の大雪の恐ろしさを捉(とら)えています。
注・・雪散る=雪が降る事をいう。
信濃=長野県。
作者・・一茶=小林一茶。1763~1827。信濃(長野)の
柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母
と不和のため、15歳で江戸に出る。亡父
の遺産をめぐる継母と義弟の抗争が長く
続き51歳の時に解決し、52歳で結婚した。
出典・・おらが春。
2017年01月02日
2017年01月01日
・新しき 年の始めに かくしこそ 千年をかねて たのしきを積め
**************** 名歌鑑賞 ***************
新しき 年の始めに かくしこそ 千年をかねて
たのしきを積め
詠み人しらず
(あたらしき としのはじめに かくしこそ ちとせを
かねて たのしきをつめ)
詞書・・大直日(おおなおび)の歌。
意味・・おめでたい年の初めに当たり、このように一同
が集まって千年も先の繁栄を心に描いて、楽し
い事を山のように積み重ねよう。
注・・大直日の歌=大直日の神を祭る歌。大直日神は
いっさいの凶事・悪事を転じて吉事とする力
を持っている神・繁栄の神様。ここでは神事
の後で行われる宴会の歌。
かくしこそ=このようにして。ここでは神事の
後で皆が集まって行う宴会。
かねて=予ねて。前もって将来の事を心配する、
予想・予言する。ここでは楽しい事・将来の
繁栄の予想。
たのしきを積め
詠み人しらず
(あたらしき としのはじめに かくしこそ ちとせを
かねて たのしきをつめ)
詞書・・大直日(おおなおび)の歌。
意味・・おめでたい年の初めに当たり、このように一同
が集まって千年も先の繁栄を心に描いて、楽し
い事を山のように積み重ねよう。
注・・大直日の歌=大直日の神を祭る歌。大直日神は
いっさいの凶事・悪事を転じて吉事とする力
を持っている神・繁栄の神様。ここでは神事
の後で行われる宴会の歌。
かくしこそ=このようにして。ここでは神事の
後で皆が集まって行う宴会。
かねて=予ねて。前もって将来の事を心配する、
予想・予言する。ここでは楽しい事・将来の
繁栄の予想。
出典・・古今和歌集・1069。